刀剣 | ナノ
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▼ 07 


日本号おじさんに連れられて風呂に行きます。
ここのボスは映画とかで見るような煙草ふかして座っているようなボスじゃなかった。良い人だった。ただ親がこんな極道と知り合いなんて知りたくなかったけど。記憶を失う前の俺は本当に何をしてたんだ。あっもしかして肝試ししてたのか!? それで俺が肝試しの魚の骨とか怖がりまくって遭難して、そのせいで幻覚を見て滝に落ちて怪我をしたからめちゃくちゃ謝られたのか!? そうなんじゃないか!? うわそれめっちゃご迷惑お掛けしたな……帰ったら何か親と感謝の品を選んで送ろう。うんうんそれがいい。でもここの人の名前俺知らねえな。さにわって言ってた? さにわさん? でいいのかな。後で聞こう。最悪親に聞けばいいか。オッケー、とりあえずお風呂だ。楽しみだなあ、日本家屋は嫌いだけど、こういう所のお風呂ってでっかいんだよな、知ってるぜ。でっかい風呂とか温泉とか聞くとテンションが上がるのが日本人だろ。いや曰く付きとかだったら下がるけど。怖がりなんだよ俺は。

所で今もおじさんに抱っこされながら移動中だ。歩けるぜってアピールしたけど足が傷だらけな奴が何言ってんだって押し切られた。執事兼庭師ってやつか。できるな。て思いながら、おれは好きにさせる事にした。この休日? 夏休みっぽいしな。夏休みが終わったら友達に自慢してやろうと決めた。渋かっこいい執事に歩かなくてもいいくらいに世話されたぜってな。

渡り廊下を渡る手前で、あそこが湯殿だと指されてぎょっとした。この家に浴場があるんじゃなくて、風呂場専用の家が建ってるの? どうなってる? 金持ちは流石違うぜ、と思いながらも景色は確実に変わっていく。
日本号が引き戸を開け、俺を降ろした。テンプレートな銭湯みたいだ。靴を脱いで、床板に足をつける。ひんやりしている。からからと戸が閉められ、日本号もやって来る。そのまま両手を掴まれて脱衣所まで運ばれた。気分は捕まえられた宇宙人だ。エージェントが一人足りないが仕方がない。
朝着替えた服をまたひょいひょいと脱がされ、先に行ってなと指示を受けた。了解だ。
なんだか本当に旅館みたいだな。
磨りガラスの戸を開けると、もわりと湯気に襲われる。目を閉じ数秒待機して、ゆっくりと目を開けば、つるつるの石畳に、木の湯船という完全に旅館の温泉が姿を見せた。日本号すらも泳げそうな広さがある。すごい。振り返って日本号に叫ぶ。

「こんなのはじめてだ!」

テレビでしか見た事ない。
風呂場を歩いて、ふっと洗い場の鏡が目に入った。そこに映るはずの自分がいない。首を傾げると、鏡の中の子どもも首を傾げた。右手を上げて手を振ると、その子どもも同じように手を振っている。ぱちんと一つ瞬きをした。
これ、誰だ。
俺が動かしているこの体、俺じゃないなら一体誰だ? 俺だ。でも、おれじゃない。
何度か違う動きをしてみるが、鏡の中の子どもは同じ動きしかせず、風呂場を見回したところで、自分以外が立っているということもない。ぐるり、頭が回る。何をしても鏡の中の子どもは同じ動きしかしない。これが俺であるというなら、今までの人生は夢だったのだろうか。いや、夢じゃない。じゃあこれが夢だろうか。感覚器官は正常に働いているはずなのに。
いや、どれも違う。正解とかなんかじゃない。
これも俺だ。記憶にある、俺も俺だ。

これじゃあ見付けてもらえないな。

ボスがどうしてああ言ったのかわかる。わかって言ってくれていた。気を遣ってくれたのだ。こんな、俺に。

「……どうした?」
「なんでもない」

俺はもう、帰れないんだな。


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