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テーマ「推しとの恋」
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- ナノ -


◎隻脚の男


退役軍人のやつ。鉄砲水がうまく入れられませんでし

ラジオのアンテナを立てる。これが自分の、唯一の暇つぶしだった。
晴天ならこのまま毛布をかぶり、声を聞きながら眠りに着くのだが、生憎マンホールから覗く空には厚い雲がかかっている。
手持ちのラジオの型は古く、雨を凌ぐためにマンホールの蓋を閉じると、何も受信できず、音を発しなくなるのだ。ふうっと息を吐き、賑やかなDJの声に耳を傾けた。
ミュージシャンを目指す若者の売り込んだ曲や、リクエストソングを流しながら、対話をしているかのように一人の男があれこれと喋り続ける。話題のねたに困らない彼にはいつも感心していた。
ふと微かな話し声が耳を掠めた。仲間かとも思ったが、付近を拠点にする家無しの男は自分一人のはずだ。
どうにもこういった状況になると、神経を尖らせるのが職業病になってしまっているらしく、自分でも直そうとは思っているものの、そう簡単にはいかないのである。
ラジオを置き、影に潜む。こちらは丸腰だが、まさか相手はプロの殺し屋というわけではあるまい。きっと新入りの拠点探しか、あるいは若者の度胸試しだろう。その時は笑って姿を見せれば良い。
「ここだ! ほらオイラの言ったとおりでしょ、人の声がする」
「マイキー、静かに!」
つい瞬きをする。思っていた以上に若い声だ。
その後もひそひそと何かの言い合いが続き、どうしたものかと思案する。子供達の地下道探検だろうか。それにしても、こんな時間にこんな場所を外出とは、親に見付かればただでは済まない。早く家へ帰さなければ。
「あー、君達。探検はおしまいにして、早く家へ帰りなさい。危ないぞ」
ガシャンと大きな音がした。ラジオがジャズの名曲を流し始め、空いたマンホールからは水滴が落ちてきていた。雨だ。よりにも寄って、子供達がいる時に。
「雨が降り始めた。傘は持っているか? ここは危ないから早く地上に」
一歩足を踏み出す。同時に叫び声がする。マンホールの穴から差し込む弱い光の中に現れた歪な丸い影が、大きなフォークにもにたものを自分に向かって振り下ろす。刺そうとしているのは明白で、慌てて後ろへ飛び退いた。ガチリと硬い音が響き、影が思い切り舌打ちをする。
行くぞ、と先ほどの影の後ろから声が聞こえた。金属の擦れる音と、風を切る音。ぞわりと全身の毛が逆立つ。実戦での経験が少ない近距離での戦闘が、今まさに行われようとしている。
「ブヤカシャー!」
声が降る。大声が地下に響き、外から聞こえる雨の音と、ラジオの音をかき消した。暗闇の中での戦闘ほど厄介なものはない。先ほどは姿が見えたから、今は声が聞こえていたから避けることができたが、どちらもなければかなり厳しい。
どうやら相手はこちらが見えているようで、かなり的確に攻撃を仕掛けてくる。
きらりと視界の端で何かが光った。脳が大きく警鐘を鳴らす。外からの灯りで滑るように輝くもの。刃物。
更に奥へと飛び退いた。顔の先でひゅんと空気が切れる音がする。ぶわりと全身から汗が噴いた。
心臓の鼓動が早く、それが耳で聞こえる。汗が顔を濡らし、服を湿らせる。平和なはずのニューヨークの地下で、久々の危機に心臓が痛んだ。
「……クソッ!」
戦地でもないこの場所で、命を散らすなんて無駄死にも良いところだ。こんな人生に価値はまだ見出せないが、それでも今は前向きだ。この縋り付いた生への道、こんなところで終わりにはできない。
「かかってこい、ガキ共!」
闇討ちの通り魔なんて最低なティーンエイジャー、殴り飛ばして警察に突き付けてやる!

「いやはや、大変なご迷惑をおかけしました」
ズキズキと痛む頭を撫でながら、目の前の大きな鼠が頭を下げるのを見る。彼の両隣にはそれぞれ二体の大きな亀がそれぞれの顔で正座させられている。
うまく表現できないが、文字通りの光景だ。もっと詳しく言えば、そう、アニメの擬人化された鼠の親と、四匹の子供の亀。
「ああ、いえ、その……あまりお気になさらず……ええと、子供のしたことですし……」
なんと言えば良いのか。子供、亀、子亀?
「いいえ、これは息子達の過ち。人を傷付ける武器を持つこちらに責任が有ります」
確かに刃物の攻撃は怖かった。反射光がなければ最初の一撃で瀕死だっただろう。何とか彼らの猛攻を避け、飛びかかる影を少し慣れた目と感覚を頼りにカウンターを繰り返した。そして音もなく背後から迫った者によって頭を強打され、気を失った自分は、気付けば二足歩行の大きな鼠に介抱されていたのである。その鼠こそがこの目の前の彼、四匹の亀の父親である。らしい。
「聞けば貴方はいきなり襲われわけもわからず応戦した。先に仕掛けたのも、怪我を負わせたのもこちら。しっかりと躾けていたつもりでしたが……。親の私にも非が有ります。重ね重ね、申し訳ない」
「そんな、先生が謝るこたねえ! あんなところでコソコソしてたあいつが悪いんだ!」
「慎みなさい、ラファエロ」
「クソッ」
「ですが先生、俺も納得いきません。彼はどうして……」
「あ! それオイラも気になる! あとこれ! これ何!?」
「マイキー、それはラジオ。今じゃ随分古いものだね、どこで手に入れたんだろ」
大人しくしていた子亀達の一人が声を上げると、呼応してわいわいと騒がしくなる。黄色い眼帯……ハチマキ、だろうか。それを巻いた一体の亀の手の中には、愛用していた古いラジオ。アンテナが少し曲がっており、見るからに外装が削られている。あれはもう使えなさそうだ。
「静かに」
鼠の一言で静けさが戻る。低く厳しいその声に、自然と自分の姿勢も伸びた。良ければ、と前置きが置かれ、彼らに貴方がなぜあの場にいたかを教えてくださらないかと鼠は言った。子亀達が世間をあまり知らない事を教えられる。なるほど、それはそうだろう。その体では外にはあまり出られまい。
なんだか良いように掌を転がされたような気もするが、隠すことでも無い。子亀達の目線を一身に受け、さてどう説明するかと少し思案する。
「……最初から?」
「勿論!」
答えたのはラジオを抱えた黄色い子だった。


09/19 03:36


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