「#幼馴染」のBL小説を読む
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◎×創作


※食人、幸村憑依(乗っ取り?)

精神的疲労の為の応急処置、というものらしい。彼から直接聞いた事だ。彼は、また違う人から教えて貰った事らしいけれど。ちょうど自分の身体は死にかけていて、魂が弾き出されたとか、それの応急処置もかねてこの身体を仮の器にしただとか、彼の話は上手く纏まっていなかったけれど、まあだいたいは理解した。一時的に、俺は彼に成ったのだ。
彼は俺には成らない。彼は至って普通の人間のようだから、俺の身体では酷だろう。俺の身体は人を食わないと生きていけない。俺は人ではないから。それを人間にやらせるのは、多分凄く、ひどいことだ。だから、俺に成らなくて良かった。いや、そもそも俺は死にかけなんだっけ?
で、だ。
そう、俺は今から幾日か、真田幸村として生きなければならなくなったわけで。
当の本人は、この身体の中で眠るんだとか。精神疲労って怖いんだなあ、なんて。
「だーんな。何してんの」
ひょっこりと現れた赤毛の男。誰だっけ、教えられたはずなんだけど、人の顔を覚えるのは苦手だった。
「……空を見てた」
まあ、名前を呼ぶのはやめておこう。誰かがきっと、彼を呼ぶこともあるから、その時に覚えたら良い話だ。
「空?」
「綺麗な青だろ」
美しい青空。俺の世界じゃこんな鮮やかな青なんてそうそう拝めるものじゃない。外に出れば空は大抵灰色か曇天で、青くてもそれはもう暗い色だ。俺の外出が許される事なんてほとんど無いから、天気の良い日に太陽の下、なんて低確率もいいところ。
「……ふうん」
赤毛は不満そうに鼻を鳴らすと、次の瞬きの間に姿を消した。ああ、あれだ。研究所に置いてある漫画で見た事がある。そうだ、あれは確か。
「ニンジャだ!」

渡された片刃の剣にテンションが上がるのを感じる。研究所で、医務室に飾ってある模造品のあれだ。貴重で、途轍もない高価な芸術品。アイクが、模造品で安価で、物も斬れないのに、大事に大事に磨いていたもの。それが、まさか自分の手の中にあるとは。
「おお、ジャパニーズソード……!」
「じゃ……え、何?」
「なんでもない!」
怪訝な目で赤毛に見られたけどそんなの今は関係ない。本物のジャパニーズソード。アイクに見せられたジダイゲキを思い出しながら、左腰の辺りで鞘を持ち、右手でそれを抜いてみる。しゃらりと現れた長い刃に、今の自分の顔が映る。おお、茶髪が似合ういけめんだなあ!
そのまま刃物を振り下ろすと、しゅんと空気を切る音がする。これは、綺麗に斬れそうだ。いいな、欲しいな。あ、でもこれは鍛冶屋がいなければダメなんだったか。残念だなあ、向こうでは重宝しそうなものなのに。
片手でぶんぶん振り回していると、背後で何か叫ばれた。なあにと後ろを振り向いた途端、手から剣がすっぽ抜けてしまい、赤毛の横の壁に突き刺さった。悲鳴が聞こえる。ごめん。

お八つだよー、なんて赤毛が持ってきたのは白い玉が串刺しにされ、その上から半透明の茶色い何かのかかった、食べ物かと目を疑うそれだった。だけど、おやつというからには食べ物なのだ。遠い記憶のおやつといえば、たまごボーロとかそばぼうろだった気がする。ボーロばっかりだな。とにかく、お八つだよと持って来られたという事は、それが習慣である事を意味している。串物は食べた事があるから、多分そういうものだ。串を手に取り、玉の一つ目を歯で抜き取る。じわりと広がる、濃い甘み。玉は柔らかいけれど弾力があって、噛むとねっとりと歯にくっついた。歯型でざらりとした断面は薄く甘い味がついていて、目頭が熱くなった。
自分の身体が人でなくなった時から、味覚はうまく機能していなくて、皆が美味しいと食べているものを、自分はそう感じられなかった。甘い辛いといったものの感覚も記憶から薄れていたのだ。ああこれは、甘い、だ。
「え、だ、旦那!? 何泣いてんの!? 団子、何かダメなところあった!?」
この身体の主は涙腺が弱いのだろう。泣くという行為も久々だ。人じゃなくなってから、本当に人と同じ形をしただけの化け物だったのだと、今、漸く気付いた。味覚も無い、感情の振れ幅が狭い。昔の、きちんと人であった時が酷く恋しかった。

仕事をしなさいと部屋の中に閉じ込められて数十分くらいだろうか。つまり、積み重なった薄い和綴じの本とか、巻物とか、和紙だけのものとか、とにかく見た事の無い文字が連なったそれをじっと眺めて数十分ってことだ。
自分はここの人間じゃないから、本当に口を出して良いのかなあと思っている。文字が読めないんじゃないかと危惧していたけれど、そもそもこの身体の主はこの文字を読めていたわけだから、読めないわけがなかった。その分は助かっている。軍備の報告書的な物を読むだけは読む。あ、ここ絶対無駄だなあとか、ここはもっとこうした方がいいなあとか、考えるだけは考えるのだけれど、やっぱり自分が口を出して良い問題ではないと思うので、本当に、絶対に無駄なところとか、やめた方が良いところとかだけを指摘してみる。帳簿とかはやってあげてもいいかな。向こうでは最近ずっと身体を動かしてばかりだったから、たまにはこういうのも悪くないなあ。

最近の旦那は変だ。絶対にそれが旦那だっていうことは間違いないから、あれが他国の忍びが化けたとか、幻術とかではないことはわかっている。だけど、全く別人の様なのだ。いつもの様な溌剌としているけれど、ちょっとお堅い性格は成りを潜めて、落ち着いた雰囲気で柔らかく喋る。空をぼんやり眺めていたり、刀の扱いがめちゃくちゃだったり、甘味は味わう様にゆっくりと食べる。政務に至っては何時もの様に逃げ出そうとはせず、それこそ最初は集中できなかったようだけれど、少し時間が経てば今までが嘘の様にするすると仕事をこなしていく。ただ、不利益な処の改善策くらいしかやってなかったけど。
とにかく、やっぱり変なのだ。
何時もはこの時間、鍛錬と言っては槍を振り回しているのだけれど、今の旦那は槍なんて振るわない。一人で黙々と筋力を付ける鍛錬をして、それを終えると道場で組み手をやっている。いや、組み手はそこそこで、殴り合いとかしているけれど。
「なーに、旦那」
そして何より、俺様の名前を呼んでくれない。
ちょいちょいと手招きをされて旦那に近寄る。組み手の相手をしてくれないかな、なんてちょっとした違和感のある口調。それでも良いよと返答すれば、ふわりと旦那は微笑んだ。今まで見なかった優しい笑顔だ。



そして組み手してもやっぱりいつもと違うなあと思う佐助さんなのでした


06/24 19:53


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