◎hzbn ![]() 「無事かい?君はこの辺りの輩よりは腕が立ちそうなもんだが」 男が転がった先を見ていた視線を戻し、その人物を見上げる。 澄んだ青い瞳、柔らかそうな金髪は後頭部でまとめ上げている。丸い耳、健康そうな肌の色。 「……助けてなんて言ってないよ」 「え、そりゃすまん。てっきり襲われているのかと」 いつものことなのだ。こんなところで、とは思いはすれど、助けを求めたわけじゃなかった。 「……まあ、結果的には助かったけどね。それで?その恩で何が欲しいわけ?やっぱり君も俺の体?」 「押し売りなんてしないよ」 珍しい発言だった。この地獄において、そんな善意が存在するわけない。 何か裏があるのだろうと、彼をじっと観察する。 腕は2本、足も2本。白衣、黒いタートルネック、スラックス。 一体何の悪魔だろうか、見た目だけではわからない。医者だろうか。まさか。こんな地獄に? 「本当にただの善意だよ。ここでは珍しいだろうけれど」 やれやれと彼は肩をすくめる。そこから少し思案した表情を見せた。 「君、ここら辺は詳しいのかい」 「あーうん、まあね。それなりに?」 「不本意とはいえ借りを作ったままというのは君らにとっても面倒な事なんだろう。そこでだ」 彼はぐいと腕を引いて立たせてくれ、こちらを見上げる。あ、俺より小さいんだ。 「この辺りで宿があるかは知っているか?どうせ安全は保証されないだろうから、安ければ安い方がいい」 心当たりが、ないわけではなかった。 「それで連れてきたってわけ」 「ようこそ!ようこそ!ようこそ!」 跳ねるように金髪の彼を歓迎するのはホテルのオーナーであるシャーロット・モーニングスター。 この地獄の人口増加問題を、ホテル滞在中の更生で天国へ導き、解決せんと日夜動いている地獄の王女だ。 対する金髪の青年は、寂れながらもしっかりとした作りのホテルの内装を眺めている。 「ホテルか。安宿と言ったんだが……こんなにしっかりしているのに。地獄だからあまり儲からない?」 「違うわ、費用をとっていないの。どちらかといえば更生施設ね」 「なるほど。……ホテルで?」 青年が漸く他の人物たちを見る。 言いたいことはわかる。 自主的に、更生施設へ入ろうとする輩が、この地獄に存在するはずがないのだ。 「エンジェルを助けてくれてありがとう!あなたはきっと良い人ね!」 「そりゃまあ、ここの住人たちと比べればそうだろうが……ところで君はここを更生施設と言ったが、何の更生なんだ?」 「もちろん、説明するわ!」 王女より矢継ぎ早に放たれた言葉に、青年は苦笑する。 時折相槌を打ちながら、話を聞き終えて唸る。 「罪の贖いか。地獄でも悔い改めれば天へと昇ると。興味深いな。確かに!主は未だ再臨されず、となれば当然最後の審判も起こり得ない。生前を悔い改めるのであれば、束の間の地獄もその機会と言えなくもない」 彼は王女の計画を肯定するように頷く。 「しかしながら……俺を君の計画に乗せるのはきっと難しいぞ」 「どうして?」 「どうやら生命の製造は、天の倫理に悖るらしい」 彼はからりと笑って言った。 外を歩く。小柄な人の身で地獄を歩けば、欲に支配された悪魔たちが、安全を脅かそうと集ってくるのはよくある事だ。 万事そうであると言っても過言ではない。 口笛を吹く。指を鳴らす。踵を打ちつけてステップを踏む。刻むリズムに言葉を乗せる。 ありふれた行為だ。ここでは。 だからこそ彼らは気付かずにいる。 襲い掛かろうとした悪魔の数体が、別の悪魔に殴りかかる。蹴り飛ばし、銃を撃ち、刃物を振り回しては内臓をぶち撒け、首を取られてもなお動き続ける。 魔術というものは不可思議で、専門の知識が必要である。科学にも似た組織体系、理論立てて考えるのは好きだった。 街頭のテレビが映る。その中に誰かの顔を見る。なんだったか、電波を牛耳る名前をいつか聞いた気がする。 テレビの中からこちらを見る気配がする。誰かの視線。ウインクをひとつ。 隣に飾られた木製のラジオ。そこからテレビを揶揄う声がする。これも悪魔の仕業だったか。 いやはや、一体どうして面白いものだ。 マスメディアの争いは自分とは全くの無縁……とまではいかないにせよ、死ぬまで大きな関心を寄せることはなかった。 「ラジオだのテレビだの、どちらでも構うものか!」 言い争いに加担してみる。どちらも発信ばかりでこちらの声は届かない。 一瞬の沈黙。 おや。 聞き捨てならない、とどちらかが叫んだ。どちらもだろうか。なるほど悪魔、こちらも監視できるのか。 なんと面倒で面白い。新聞や本はどうだろう。一度遊んでみるのも良いかもしれない。 軽やかにステップを踏む。襲ってくる悪魔たちは、やはり別の悪魔によって倒される。倒した悪魔はまた別のものに。 「ここに飽きる前に、主の目覚めを祈るとしよう」 02/15 19:31 mae top tugi |