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◎図書館の魔女


その子どもは困惑の表情を浮かべ、所在無さげに立っていた。何故このような場所に居るのか、お互いにわかっていなかった。わかっていたとしても、説明できなかっただろう。どうも、その子どもは、操る言語が共通語とは違っているようだった。
だが、言葉が通じずともその子どもが一人の少女、黒衣の魔女こそがこの場を支配する者と気付いたのは、周囲の態度があったからという事を、その場に居た護衛達もすぐに気付いたが、その子どもがこの場に居る人間の戦闘能力を正確に把握し、ただ一人の少年だけを警戒していたのは、黒衣の魔女、マツリカだけにしか見えていないようだった。
マツリカが鋭く指を鳴らす。傍らに立つ少年、キリヒトが子どもを警戒しながらマツリカの側へと更に寄った。
キリヒトと似たような衣服を着た子ども。肌はほんのりと日に焼けた薄い茶色、髪は黒く、瞳も黒い。まるく、小さく、幼い印象のある顔立ちは、この場にいる人物の誰一人として似通っていない。人種が異なるのだ。それにいち早く気付いたのもまた、マツリカであった。
そうして、その子どもの操る言語がどういうものであるかという思考に至る。なるほど、言葉が通じぬのも当たり前か。
──キリヒト、お前は下がって。
「マツリカ様!」
──いいから。
非難する様に名を呼ぶキリヒトを後ろへやりながら、マツリカは子どもへとごく簡単な手振り、己の喉元を押さえた後、両の手の指を使い口元で罰を作る。それだけでも十分に意味は伝わるはずだ。
相対する子どもは困惑の表情を崩さぬまま、小さく頷く。知っている、という意味なのか、了承したの意味なのか。
ややあって、子どもが一歩、マツリカに近付く。が、不意に別の方向を向いた。キリヒトも子どもと同じ方向を向く。どうや音を聞いたのは、この二人だけのようだ。
──何が聞こえた。
──よくわかりません。言葉、でしょうか。知らない言葉です。
子どもはマツリカとキリヒトを一度目にしてから、彼らに背を向けて走り出した。聞いたことのない言葉が、耳に残った。

×××

あの時の子どもが一ノ谷の客であると言うのは、その日のうちにマツリカに知れた。誰かから聞いたというものではない。あの後少ししてから、通訳を伴った、異国の男数人とともに戻ってきたからだ。
何かを言い合い、ぎこちない通訳を聞き、二人を選んで図書館の伽藍に押しやった。あの時の子どもと、朗らかに笑む長身の若い男だ。図書館の中へ誘われた子どもが、一度高い声を上げたが、連れの男に頭を叩かれてからは口に手をやって喋っている。
彼らの言語が知りたくて、マツリカは珍しく伽藍まで降りてきていた。
──お前たちは何をしにここへ?
少女が何を話すでもなく、側仕えの少年が声を発するのに、通訳の男は少し居心地悪そうにしたが、異国の二人は全く意に介さず通訳に言葉を向ける。通訳は慌ててそれに応えた。
「使節団の付き添いです。これが塔に興味を示したので、ならば本来の目的の次いでに入れてくれと頼んでみたら、私も入れられてしまいました」
通訳はそう言いながら、司書に似た動きをする衛兵の一人に書付を渡している。これが本来の目的なのだろう。衛兵の彼はすぐにハルカゼの元へと書付を届けに行った。
──使節団の付き添い?護衛の間違いだろう。
「護衛任務を請け負ってはいません。友人の付き添いです……腕は立ちますが」
通訳が言葉を迷いながら言った。
男が突然声を上げた。その場から少し離れた場所にいた子どもが、悪戯を見咎められた顔で此方を見る。
──あの言葉、きっとあの子の名前だ。
──上手く言葉にできませんね。
──音は単純な組み合わせだけれど、独特の音韻があるね。キリヒト、声に出せる?
──音を真似る程度なら。
キリヒトはごく小さな声で、その音を発した。証拠に、通訳は何も気付かなかった。だが、異邦人の二人は弾かれたように顔を此方に向ける。二人は互いに顔を見合わせてから、素早い動きでマツリカの元へとやって来た。キリヒトが咄嗟に半歩前に出るが、御構い無しに言葉を降らせてくる。が、反応がない事で漸く通じないのを思い出したらしく、通訳を呼んだ。いくつか言葉を交わしたところで、子どもがまた此方へとやってくる。
「マツリカ、キリヒト」
子どもが指をさしながら名前を呼ぶ。
己を指して音を出し、長身の男を指す。にっと笑った。多分、名を教えてくれたのだ。もう一度子どもは同じ事を繰り返したのち、手を差し出す。
ぱちりとマツリカが瞬きをした。キリヒトも首を傾げる。
通訳が慌てて子どもの襟首をつかんで引っ張り、此方に謝罪の言葉を投げてきた。
「すみません、彼らは此方の文化に疎いのです。元々、図書館に入るのも彼らでは」
「通訳方、挨拶です、我々の、これは」
長身の男が言葉をつなぎ合わせて言葉を放つ。マツリカ達に見せるように、子どもと男が手を握り合う。
「挨拶!」
手を握りながら子どもの口からぽろぽろとこぼされていく言葉達は、どれも挨拶の口上であろうか。子どもがまたマツリカ達に近付き、今度はさっとマツリカの手を掴んで柔らかく握る。
「マツリカ、」
ぱっと華やいだ笑顔で、手を握られた挙句明るく声をかけられるのは、今までにない経験であった。
子どもの手の皮膚は固く、熱く、マツリカと同じくらいの大きさだというのに、全く違うものに感じられた。

×××
むずかしーい


03/28 10:03


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