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- ナノ -


◎本好き×創作


「紹介したい人物がいる。明日時間を割けるか?」
「え? ええ、明日はなんの予定もありませんけれど」

ベンノが難しい表現でそう言うものだから、つい隠し部屋にいるのも忘れて貴族対応をしてしまった。殊更こういう顔の時は、厄介事である方が多い。あまり仕事が増えないといいな、と思うが、お前が言うな、と怒られそうだ。頻繁に無茶振りをしていると自覚しているから、彼らの頼みを受けられるのに断ることはできない。

「一応、神官長にも断りを入れて、」
「いや、そちらにはもう話が行っているはずだ」
「え? じゃあ私は必要ないのでは?」
「教会としてはな。お前自身にきっと興味があるだろうと気を遣ってやってるんだ。お前とまた違った変人だからな、あれは」
「ちょっと!聞き捨てならないんですけど!」
「ハンターなんだってさ。旅商人とは違うけど、世界を旅して回るんだ。流石に俺は魔物相手には戦えないから、ハンターには成れないけどな」

また随分とファンタジーなご職業だこと。
でも魔物退治を生業にしているのだから、魔法が使えるのだろうか。ということは、もしかして元貴族? たしかに貴族であるというのに、住民権を放棄してその日暮らしを選択する時点で変人だ。

「では、頼んだ」




「久しぶりだなフェルディナンド!相変わらずスケコマシみたいな顔をしているな!目の下の隈は薄くなったか!?」
「ええい!挨拶をすっ飛ばして話しかけて来る奴があるか!」

のそのそと歩いて来たのは大柄な男性だった。短く刈り込まれた黒髪に、日に焼けた健康的な肌。顔に魔物にやられたのか、爪痕があるのが印象的だ。ハンターと言う割には身軽な格好をしている。武器も防具も見当たらない。上着も、防寒ブルゾンのような形をしている。しっかりした布のボストンバッグに似た鞄を肩に掛けている以外に、荷物もなかった。このエーレンフェストには場違いなほど、麗乃の世界では一般的な背格好の、現代的な男だった。
男の背後から慌てて声を出したのは見慣れない商人見習いの少年だ。
彼を紹介したベンノは額に手を当てて溜息をついているが、初見だろうルッツも見習いの少年と同じく驚いていた。

「サノス様!」
「いやなあ、この国の挨拶めんどくせーんだよな。ええっと、今は春と夏の間だろう? フリュートレーネか?ライデンシャフトか?割とガバガバだよな……今晩春?初夏?」
「そういう時は夏の挨拶をするんですよ!」
「はいはい。えーっと、火の神ライデンシャフトの威光輝く良き日……神々のお導きによる出会いに、祝福を賜らんことを」
「……クッ……お前はやろうと思えばできるのになぜやらんのだ……!」
「だいたいこの国の神を信仰をしてないのに祝福を受けるとか受けないとかどうでも良いだろうが。めんどくせえし。この曇り空、全然良き日でもねえしな?で、そこのお嬢は?」

私のことだろうか。周りを見回しても、今ここにいる女は私しかいないのだから、私を指しているに決まっているのだけど。

「……ハア、ローゼマインだ」
「お、お初にお目にかかります。わたくし、ローゼマインと申します。教会では神殿長を、」
「ああ、聖女ローゼマインか!聞いた聞いた。よろしくな嬢ちゃん。本が好きなんだって?エーレンフェストじゃ満足に読めもしないだろ、可哀想にな。欲しい本があれば中央から二、三持って来てやれるぜ」
「え、あっ、えっ!?ほ、ほんっ、本当ですか!?」
「ローゼマイン!」

神官長の叱責が飛び、頭を押さえつけられた。ガタガタと椅子と机が揺れる。目の前のサノスと呼ばれた男はからからと笑っている。
控えている側仕え達は、一様に呆れた表情を見せていた。

「アハハ、元気なのに越したこたないだろ?ああ、そうだ、こいつはここの金属加工場の坊主でな、案内を任されちまっただけだから心配すんなよ。これでも口は堅いし、良い職人になる。で、俺はサノスケだ。呼び辛いらしくてなァ、みんなサノスって呼ぶんだよな」

サノスケっていうと、漢字で書くと左之助かしら。佐之助?どちらにしても、この領地では珍しい名前だ。呼び辛いのも頷ける。というかこの人、多分、本当に海外の人なのだ。地図をまじまじと見たことはないけれど、そんなアジア系の名前を持つ人が住む領地は、この近くにはないはずだから。

「いつも通り、挨拶だけだと言うんだろう」
「ああ、近くに来たから知り合いのよしみでな。そういえば魔力不足だって聞いたぜ?魔石、俺のでよければ譲ろうか」
「何?」
「ほら、ここらじゃ過ごすだけでオドが膨れ上がって困るんだよ。でも外に出すだけじゃ勿体ねえだろう?だから溜めてんだよ、石に」
「……石に」
「そう言う魔術が有ったろう、なんて言ったか忘れたが。俺はこれを爆破させるしか脳がねえからな、必要ならやるって」

ばらばらと彼の服のポケットから取り出された宝石達が机の上に落とされる。
一目でもわかる、相当に質の良い魔石だった。これを爆弾にするだなんて、金銭感覚おかしいんじゃないだろうか、この人。

「……幾らだ」
「金なんか取らねーよ。副産物だ。貰っとけ貰っとけ」

商人の男の子がぎょっとしている。私もしている。まさかこんな人が居るだなんて。ベンノさんが何かを言いたそうに口を開閉しているが、やがて諦めた表情を作る。この中で彼を知るのは神官長とベンノさんだけだ。二人の態度からして、彼のこの態度はいつも通りなのだろう。神官長が有難いとばかりに懐に収めている。悪い取り引きを見た気分だ。

「あとなんだ、本だっけ?待ってろよ。木片があったな。水……ああもうめんどくせえな。元々乾かすんだ、要らん!」

サノスケが机の上に黒のチョークで何かを描いていく。神官長は慣れているのか、諦めた表情でそれを見ていた。魔法陣のようだ。複雑な模様を一気に書き上げ、次には何処からともなく彼の手から細かな木片が神の上に落とされていく。他にも半透明の小さな棒や、砕かれた鉱石のかけらが置かれた。小山に積まれたその陣に、サノスケが指で触れると、青白い光が陣から溢れ、それらを包み込む。次の瞬間、目の前に現れたのは、夢にまで見た、ハードカバーの本だった。
ごくりと喉が、鳴る。

「中はご覧の通り真っ白だが。献上しよう、お姫様。ユルゲンシュミットじゃ手に入らない代物だ。……気にいると良いが」

ぱらぱらと捲られたその中身も、日本で親しんで来たパルプ紙のそれだ。手が伸びる。ハードカバーの表紙は、画用紙に似た感触がする。表紙を開いたとき、パリパリと糊が少し剥がれる音もした。新品の証拠だ。タイトルが印刷されるだろう中表紙の上に挟まる、透ける遊び紙。中の紙の手触りは滑らかで、天地と小口もしっかりと整えられている。さらさらと指感触も気持ちいい。
ああ、本だ。

「これは、どう、やって」
「魔法だよ。見た通り」
「サノスが規格外なだけだ。ローゼマイン、お前には、できない」

そうでしょうとも。こんなことが出来るならきっと既に私はやっている。

「ああ、ああ、サノスケ様、ありがとうございます……」

視界が滲み、ぼやけた。体温が上がっているのがわかる。けれど、びっくりするほど冷静だとも感じた。本を濡らすのは嫌だったが、腕が動かない。胸にぎゅっとその本を抱きしめて、私の意識は途切れた。

××××

規格外のマジックハンター(?)サノスケ


04/23 16:19


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