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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


◎人外ボツ


全身が痛む。表皮が熱で焼かれている。じりじりと身の内を焼き焦がしていた憎悪の念は、今、目の前で実体を持って暴れている。あの怪物の腹の中、泣いて叫び、許しを請うのは無辜の魂だ。穢れのない、純真無垢な子供たち。
この身が背負わなければならない罪科。
私が地獄へ堕ちるための片道切符であり、血統書。支払いはもちろん、死後になるが。
壁に打ち付けた背が痛い。火に炙られた皮膚が痛い。硝子に断ち切られた腕が、頭が、足の裏が。だが、今、目の前で焼かれる子供たちは、これ以上の痛みにのたうち回っていることだろう。謝罪はしない。しないとも。そんなことをする暇があるなら、子供たちを助けに行く。そうすべきだ。動かない足を斬り落としてでも、この不自由な身体を刺し殺してでも。
何の罪もない、愛おしい我が日の本の宝を救いに、行くべきなのだ。
子供たちを絶望の淵に追いやり、置き捨て、怪物の腹を破って逃げてきた目の前の男。その男の手の内にある、鈍色の奴を奪って。

泣いて許しを請うたはずの、無辜の器だけでも取り戻しに行くべきだ。

立ち上がるだけで激痛が全身を苛む。これはあの怪物を産んだ代償だ。足裏の肉を抉る不快な痛みは、今なお劫火に苦しむ子らを、助けられない罪の証。
これくらい、何だという。己の名はかの神と同じもの。この身はかの神だった男で、身の内にかの怪物を飼っていた女。痛みなど己の前に立ち塞がる障害にはならない。焼かれる恐怖など、子らの絶望の前には毛ほどの存在にもならないだろう。目の前の男とて、我が道を往く壁にすらなり得ない。
奴が何かを喚きながら、手の内の武器をこちらに向ける。
馬鹿にするな。怖いものか。
散々それと戦ってきた。散々それを扱ってきた。それは俺の足を止める理由になりはしない。そんなもの。
どれほどに男との差があろうと、今まではそれが前提だった。己の武器は刃物が一振りと僅かな手勢。こういう手合いは慣れていた。

「甘く見るなよ、人間──!」

破裂音が響く。
しかし、怪物の咆哮と電子の鐘の音がそれをかき消した。





















「ここから出たいのか、あんた」

眼鏡の青年に声をかけた。手にはいくつかの大学のパンフレットと、それに対応した不動産の雑誌書籍。
しまった、というような表情を見せられる。中々に不愉快。

「別に院長先生に告げ口なんてしねーよ」

そもそも高校を卒業する年齢になる年には、この施設から出なければならない決まりだ。延長であと二年居る事もできるが、彼にその気はないらしい。彼は確かに綺麗な顔立ちをしている。院長先生は渋るだろうし、延長を迫りもするだろう。だが、規則は規則。最終的に院長先生は首を縦に振るしかない。

「なんだよ。不満そうだな、亀甲」
「亀甲じゃない。何度、同じことを言えば気が済むんだ、お前」
「別に構わねーだろ。ただの愛称じゃねぇか。ま、掠ってもないけどな」
「俺には母さんから貰った名前があるんだよ!……ああ、くそ、俺の顔が不満そうに見えたのなら、お前は院長に告げ口するようなタイプだと俺に思われてたからだ!」
「ハァー!?何だそれ、心外だ!確かに俺は院長先生の気に入りだけどよォ……俺はなぁ、口の固い男だぞ!告げ口とかそんなカッコ悪ィことするかよ!」

亀甲。亀甲貞宗。前世ではきっと兄弟刀だと判じて、そういう風に接して過ごしてきた刀の付喪神だ。施設の中で最年長の彼は、なんとなく彼に似ていた。だからそう呼んでいる。
彼には勿論きちんと名前がある。この施設に来るきっかけになった、天に召された母君から賜った名前だ。この俺とは違って、しっかりと愛情のこもったもの。親から貰う、特別な最初の贈り物だ。そう思うからこそ、彼は名の話をするとき、複雑な表情を浮かべる。
俺はこの名前を気に入っているから、別に変な罪悪感なんて感じなくて良いのに。
そうは思うが、それを告げたことはない。彼はその気持ちを隠したいと思っているから、俺も気付いていることを隠している。それだけのことだ。

「ここから出たいんなら、なるべく遠くの大学にしろよ。なるべく都外だ。できるなら東北とか、九州とか?地方のがいいぜ。院長先生のことなら心配すんな。俺がいるんだからな。この、俺が」

だから亀甲。お前は何も心配要らない。好きにこの施設から飛び立っていけばいい。ここから出てしまえば、あとは都内に戻る事だって簡単だ。亀甲は頭も良いし、顔も良いのだ。戻りたいのなら受験のし直しもできるし、大学を出れば簡単に都内へ就職もできるだろう。施設出というハンディキャップも、亀甲ならば枷にはならない。それに、今迄が大変だった。ならば、これからは幸福で満ちていなければならない。
俺が来るまでの間、本当に嫌な思いを沢山しただろう。だがもう野郎に怯えなくて良いのだ。……たぶん。

「……お前、あの男が嫌じゃないのかよ」
「別に?可愛いもんだぜ、あんなのは。でも俺がもう少し早く来てやれればな。物吉は相手しなくて済んだのに」
「いやだからあいつも物吉じゃないって……」

施設に居る、俺より年上の子供は二人いる。一人は目の前の男で、もう一人ももちろん学生だ。俺は物吉と呼んでいるけれど、さほど物吉に似ているわけではない。顔は綺麗だけど。厚藤四郎、どちらかと言えば彼に似ている。性格だって一般的な男の子だ。顔に傷を作って、全身泥だらけにしても笑って、ボールを追いかけて遊ぶような。
一番上が亀甲で、三番目が俺だから、二番目を物吉と呼んでいるのだ。
物吉の苗字は市長が付けたが、名前は親から貰ったものだ。経緯はよく知らないけれど、漫画とかでは定番のやつだと聞いたことがある。
俺たち三人は可哀想なことに、顔が良かった。年下の子供たちは幸運にも普遍的だけど、俺たちは違う。可愛くて幼い、天使のような……は言い過ぎ?まあ、俺が神造魔性の美少年なのだからそれくらい許してくれ。そんな愛らしい子供を、手篭めにしたい大人は多く。院長先生も例に漏れずそのタイプだった。残念極まりないが。俺は二人よりも格段に顔が良いから、この施設に来てからずっと、院長先生からの寵愛を受けているけれど、俺が来るまでは物吉が、物吉が来るまでは亀甲が、院長先生の相手をしていた。
だから二人とも、この施設が嫌いなのだ。
物吉とはよく喋るから、全寮制の学校に行くと言って憚らないし、そのために勉強をして奨学金を受けるのだとよく聞かされている。
亀甲とはあまり喋らなかったが、そろそろ期限来るから、施設を出るんだろうと思っていた。実際、その通りだったようだ。
それに。それにだ。

「それにしたって、よく耐えたよな。あんた、子供嫌いだろう?」

あ、凄い顔された。なんで知ってるって顔だ。

「疑問に思うだろーけど、割と顔に出てるぜ。小せえのが来るとうわっ毛虫が顔の前に居る!みたいな顔するからな。物吉も苦手だろ。俺はなんでか平気みたいだけど」
「……お前は、無知じゃないだろ」
「ひひ、あんた、この世界で生きるのに難儀な性格してるなァ。生き辛そうだ」

いっそ犯罪を起こしちゃどうだい、なんて軽口を叩く。これから長い先、そうやって苦しむよりは、刑務所内で過ごす方がストレスは少なそうだから。担当の刑務官が、クソ野郎でなければの話だが。

「……視野に入れておく」
「入れんなよ」




だからって、子殺しは無いだろう。なあ?



[newpage]
ドアの前で一呼吸おいた。
ああ、緊張する。やはり、慣れない。
この部屋の主は、とある一連の事件の重要参考人であり、そのうちの被害者でもあった。今は来客があると聞いているが、自分は時間に融通の利く人間ではない。申し訳ないが、その来客には少しの間席を外して頂こう。
部下の情報によれば、今中にいるのは、警察の顔で接しても特に自分の仕事に支障が出ない、危険のない人物である。気持ち緩んだネクタイを締め直し、ノックして来客を告げ、ドアを引いた。パーティションの向こう側が少し賑やかな気もするが、今は時間が惜しかった。少しでも長くこの部屋の主と話をし、多くの情報を得たいのだ。警察手帳を手に、パーティションの向こうの人物らに声をかけ、

「失礼します。警察庁警備──」

止めた。手帳を取り落としそうになるのをなんとか気合いで乗り切る。少し空いていたドアの向こうで、見張りを行う部下が、何事かと顔を覗かせている。問題ない事をハンドサインで伝えると、ドアが閉まる音がした。
息を飲む音。

「エッ、ウソ……安室くん……」
「しょ、しょくだい、きり、さん」
「君、警察官だったの!?」

頭が真っ白になるとはこういう事を言うのだろう。一体誰だ、中にいる彼のご友人は警視のお仕事に支障をきたしませんとか言った奴は。燭台切巡査長は確実に支障が出る相手です。よく覚えておくように。最悪だ!

顔の良い、スーツ姿の二人の男が見つめあう中、ベッドで半座位の状態の少年は、シャク、とウサギ型に切られたリンゴを口にした。





「俺がやったんだ」

切り分けられたパイナップルを口にしながら、少年は答えた。そのパイナップルを叩き切り、切り分けた男は今、己の部下と共に廊下に立ってもらっている。
燭台切光忠。巡査長。警視庁捜査一課に所属する敏腕刑事だ。隻眼だが、それでも他の刑事達にも引けを取らない身体能力を誇る。自分とはまた違った、整った顔をしており、身形も清潔でしっかり気を配っている。右目の眼帯は特注品らしく、医療用のものではない。それがとても似合っている。
名前がとある日本刀と全く同じであるのが珍しいのだが、歴とした本名である。きちんと調べたのだから間違いない。
そして、刀の名前である、というのは目の前の少年も同じ。
太鼓鐘貞宗。中学生の孤児。これもきちんと本名だ。名付けは彼の両親ではないが、正式に決定され、名付けられている。
児童養護施設を二、三回移動してはいるものの、特別問題があったというわけではない。本当にただの、施設側の都合だった。
その彼が今、この病院で治療を受けているのには理由があった。
彼が居た児童養護施設の資金と、彼が持っていた拳銃の出所。どちらも公安にマークされている組織と繋がりがあったのである。一つは、目下、己が追っている巨大な犯罪シンジケート、通称黒の組織に関わるもので、もう一つは極右と暴力団体に関する。そのために自分が駆り出されたのだ。
ただ、こんな幼い子供を相手にするのには少しばかり緊張する。それも、相当な悲劇を体験した後の、被害者でもある小さな子供。彼から情報を抜き出すのには、酷い記憶を思い出させる必要がある。膨大な精神力と時間が必要になってくるだろう。
被害者や遺族から話を聞くのは、どれほど経験を積んだって慣れないものなのだ。

「君が?」
「そ。……院長先生の晩酌に付き合って、夜食作りに行ってさ、ガスコンロ、回した。施設燃やしたのは、俺」

パイナップルから溢れ出た果汁を啜り、あの果物を丸ごと胃に納めた少年は、皿とフォークをサイドテーブルに置いて、こちらを見る。
綺麗な満月色の目だった。青味のある黒髪に、金の目。夜空のような少年だ。

「亀甲……ああ、ええっと……施設の最年長の兄ちゃん。俺は亀甲ってあだ名で呼んでたんだけど。あの人の最期を看取ったのも、俺だ」

見舞い品なのだろう、複数個のフルーツバスケットからみかんを取り出し、剥き始める。まだ食べるのか、君。先程リンゴとパイナップルを胃に納めたはずだと、思っていたんだが。

「ガスコンロを点けただけでは火災は起きませんし、彼の死亡はもちろん、故意でなかったのはわかっていますよ」
「……あんた今、ボイスレコーダー回してるからさ。あんまり詳しく喋んねーけど。回してなきゃ、色々言うと思うぜ、俺」
「……お見通しなんですね」
「だってあんた、四係なんだろう。みっちゃんと違う事、聴きに来てるはずだ」

四係とはまた、ずいぶん古い言葉を使う。今ではゼロが一般的だ。いや、一般的と言っていいのかはわからないが。
施設院長の言葉なのだろうか。それにしては少し古すぎるか。院長の時代であればサクラ、だと思うが。誰か関係者がいたのだろうか。あの院長に?あとで少し精査する必要があるか。
それにしても、聡い子だ。ボイスレコーダーの事まで理解している。そして、彼がもし全てを語ったとして、それを立証することは難しい。このボイスレコーダーを持ってして、確たる証拠にはならない。きっとそのことすら、少年はわかっているのだ。

「何が聴きたいんだよ。院長先生の虐待……じゃないよな……いや、わかってるよ。あんたの所属には関係ないってさ。言ってみただけ……なんだよあんた、気になるのか?」

お人好しだな。
少年はそう言ってからりと笑った。

笑ったのだ。

笑えるのか、今、この状況で。何もかも知っていて、多くを一人で背負っているのに。そんなに綺麗に、純粋な色で。
信じられない。目の前の少年が途端に何か、得体の知れない化け物のように見えた。
蜜柑を剥き終わったらしい。一房千切り、口の中へ放り込む。少年の表情に、暗い部分は見えない。

「言わねえぜ。これはあんたが背負う必要のない罪科だ。今聞いてるあんたの部下にも、後から聞くだろうあんたの仲間にも、背負わせることはしねえさ。ただちょっと、荷降ろしくらいさせてくれな。流石に重過ぎて肩が凝るんだ。悪いな」

少年がニッと笑う。懐っこい笑みだ。

「ヒトってのは守らなきゃならない。慈しむべき、愛しい存在だ。俺は結局、亀甲に鉛玉を押し込んだ上、身の内の大蛇を外に出しちまって、院長先生も、無辜の子も喰わせた挙句にこのザマだが」

全身に包帯が巻かれ、身体中から多くの管が伸びている。それは薬品であったり、電気信号を感知するためのコードであったりする。あまり動かせないようにしているのだろう、ギプスとはいかないまでも、両足は包帯でぐるぐると巻かれ、天井から吊り下げられている。
見えている肌も、何かしらの傷があった。満身創痍と呼ぶべき、痛々しい姿であった。
少年が、蜜柑の半分をこちらに渡してくる。
仕方なしに受け取った。

「すまねえな、兄さん。さわりだけなんてさ。それ、半分だけど詫びな」

彼はまた一房口に入れる。

「ええっと、それで。何が聞きたいんだっけ。院長先生の裏稼業?それとも亀甲の銃の調達先?ああでも、俺も言うほど知らないけど」

一房一房千切るのが面倒になったのか、残りの蜜柑を全て口の中に放り込み、少年は何度か咀嚼して飲み込んでしまった。消費が早い。



04/11 08:58


mae top tugi