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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


◎つくも


顕現の解かれたへし切長谷部には、間違っても抜刀出来ないよう、光沢のある白い組紐がしっかりと巻き付けられていた。
事前説明でこの刀剣がどのような経緯を辿り、国に保管されていたのかは把握済みだ。この保管庫を担当する職員は、刀が一振り減るだけでも助かると言っていたが、別の職員は、この刀剣を引き取るのはお勧めできないと言っていた。それほど厄介なのだ。目の前の彼は。
それ故に、顕現はこの場で行われる。例外は認められていない。普段集まることのない政府の刀剣男士達は背後で控えており、その手には本体が握られていた。顕現された刀剣男士が、審神者を攻撃しないための措置であった。
それでは、と背後に声をかける。男士達が了承の意を伝えてきた。へし切長谷部との距離は遠いが、その刀剣に掌を向ける。己の霊力が、かの刀剣へ流れ始めた。



他人が一度顕現した刀剣男士を引き取るのは多くの手続きが必要になる。
歴史修正主義者との戦争を開始してからここ最近まで、引き取り、引き継ぎの手続きはそれ程複雑ではなかった。しかしながら、度々起こる、審神者と刀剣男士との衝突、事件や不祥事の問題が積み重なり、遂に神祇法の条文改正や追加という結果をもたらし、審査が今まで以上に慎重に行われることとなり、かつ手続きが複雑化したのである。
例を挙げるならば、合戦場で遭遇し、拾得した顕現済み個体は如何なる場合であっても、権限を解き政府へ提出すべし。というような感じのものだ。実際の条文はもう少し堅い言葉遣いである。
他にも、審神者の状態、刀剣男士達の態度によっては刀剣男士を例外なく刀解する、と言った条文の記載もある。彼らがどれだけ刀解を拒否しようとも、引き継ぎを希望しようとも、だ。
一般的かつ善良な精神を持った審神者や、戦力重視を掲げる政府要人達にとっては悪法と解釈されるこの法は、一方、職員達の中では高く評価されている。
手続きが多く面倒であることにさえ目を瞑れば、大きなトラブルを持ち込む原因の一つがなくなったから、に他ならない。
もちろん、全てが解決するわけではない。だが、大幅に件数が減るのは喜ばしい事なのであった。

刀剣引き取りの書類受け取った彼は、その内容を見るなり、酷く難しい表情を見せた。何度かそれを読み返し、背後にある大きな棚から一つのリングファイルを取り出して、対応する資料と見比べる。眉間の皺は深くなり、ため息と共に眉間を揉んだ。どうやら保管されている厄介な刀剣男士の全てを把握しているらしい。該当の刀剣を引き取ろうとするこちらを見て、もの好きめ、と吐き出した。
更に、重ねられた二枚目以降の書類を読み始める。眉間の皺は刻まれたままだ。
見慣れた姿であるはずだが、服装と髪型が違うだけでこうも別人に見えるものなのだな、と関係のないことを思う。
彼専用に用意されたデスクは誰とも向かい合っていない。いや、正確には向かい合ったり繋げられたデスクは複数あるが、全てを彼一人が使用していた。仕事量が多いのだろう。心なしか、彼自身に疲労が蓄積しているように見える。小さなレターケースの上に、冷めたコーヒーのマグカップと、白玉のような団子がいくつか乗った皿が置いてある。反対側にある、重ねられたデスクトレーの脇には、未開封のエナジードリンクが数本。リングファイルが収められた棚とは別に、扉付きの保管庫には定時退社に育児休暇、情報漏洩やセクハラ、パワハラの注意喚起、今月の標語、メンタルヘルスの張り紙などが所狭しと掲示されている。
彼は監理部本部の特別職員。
首に巻かれた黒の組紐のチョーカーが、エアコンの風で僅かに揺れる。
彼は難しい顔のまま、印鑑箱を開け、複数種を押印していく。引き出しから定規を取り出して書類の一部を切り取り、背後の棚下にある大型のレターケースにそれを仕舞ってから立ち上がった。

「行くぞ」

たった一言、こちらに言葉を寄越して、彼はすたすたと本部から出て行ってしまう。彼を慌てて追いかけた。
廊下ですれ違う職員達は、忙しそうに行き来している。しかし、何が珍しいのかちらちらとこちらに視線を寄越していた。
やはり前を歩く彼が珍しいのだろう。何せ彼は刀剣男士だ。普通ならば、審神者か特別な眼を持つ人間にしか見ることの出来ない、人ならざる存在である。そして、彼らにはその性質故に、戦闘能力を有するための美しい肉体と、畏怖すら齎す美貌があった。
彼は少し草臥れては居たが、それだけでその神聖な美が損なわれることはない。廊下ですれ違えば、振り返るのは当然の帰結であるといえよう。
そういえば、と思う。本丸の外、政府本部で廊下を長く歩くというのは珍しい。我々審神者は、基本的に本丸内で完結する。その本丸は異空間に存在し、時折政府から召喚されたり、会議等で本部へ出向く時などは、ワープゲートを使用せねばならない。また、政府本部にもワープゲートは存在しており、各部署へ移動するのにもそれを使用するのである。だからこそ、小さな違和感に疑問が湧いた。その疑問を、前を歩く彼に尋ねてみた。

「……ああ、基本あんたらはこっちに来ないからな。知らなくて当然か……。あー、どう言うかな……ここは現代日本に存在する役所で、ここで働くのはあんたらと違って、異空間に行く必要がない人間たちだから、かな……いや……ああ、そうだ、審神者にはなれない者たちが働いているから、だ」
「いや……すまんが全くわからん。つまりどう言う事なんだ」
「すまん、説明するのは苦手でな。……ゲートを発動させるためには、ある種の霊力が必要でな。刀剣男士が視える程度で良いんだ。だからこっちの施設には審神者と俺達が使うためのもの以外は設置されていない」
「……って事は、彼らはお前達が視えないのか!?」

行き交う人々を見るが、どうもそんな風には見えなかった。どころか、それであれば、目の前の刀剣男士は一体どういう立ち位置なのか。
視えていないというならば、監理本部の彼のスペースは、常にポルターガイスト現象が起こっていることになるではないか。

「俺達……ああ、あんたらには政府付きって言った方がわかり易いか。政府付きの刀剣男士は特殊な術を掛けられていてな。眼が無くとも見えるようにされている」

これだ、と彼はチョーカーを指差した。どうやら彼自身が個人でつけているお洒落ではないらしい。確かに、彼がそういうものを好んで身に付ける、というのは他の同位体でも見た事はない。しかし、彼だってひっそり見目を気にする性格であるから、あまり違和感などを感じなかったのである。

「こっちで働くのは色々大変だろ」
「……本体も銃刀法に引っかかるし、かといって身の内に仕舞ってても、咄嗟に出してしまうから意味がないしで、別所に保管されているからな。慣れたよ。不便なのも仕方ない。俺達は審神者の下で働くのは御免だが、刀解もされたくないと駄々を捏ねた刀だ。今でこそ法が改正され、俺達の様な存在は産まれなくなったが」

彼らが現界を維持するのにも、色々と制約が掛かっている。霊力を常に消費せねばならないのだから、当たり前であるが。審神者の下に居たくなくとも、審神者の霊力が無ければ顕現し続けることができない。ならば政府付きの彼らはどうやって存在するのか。霊力はあるが、審神者になるには一歩及ばない職員達から、少しずつ霊力を供給してもらっているのである。また、自然界からも摂取することができるため、食事は必須であるという。

「……総理大臣が俺達の主をしてくれるのが一番手っ取り早いと思うんだが、まあ……霊力の問題と……いやそれ以前の問題が……。ああ、ここだ。待っていろ」

皇族ではないのか、と思いはしたが口には出さない。我々は宮内庁ではなく防衛省に所属しているし、そもそもそれ以前の問題である。彼が言いたかったのもそんな感じのことなのだろう。
待っていろと言われたため、その部署のドアの横に立つ。プレートには管理課と表記されている。他は至って普通だった。何人かの職員が出入りするのをぼんやりと眺めた。
やがて少し膨よかな女性が、彼と共に現れた。此方を確認して会釈すると、彼女は時間が惜しいとばかりに歩き出す。彼もそれに続いたため、自分も慌てて追いかける。
本部の職員、みんなせっかちだ。

「情報課と監査課には確認済みです。法務部の承認も得ている様なので、あとは他の部局にいる皆様が集まり次第、管理所で手続きを」
「了解した。おいあんた、聞いたな。彼女と先に管理所に行ってくれ。俺は本体を取りに行く。無理を言って彼女と刀剣班を困らせるなよ」

彼は進行方向を変え、現れた階段を足早に降りていった。彼女は彼の背を見送ることのないまま、すたすたと目的地へと歩いて行く。廊下は走ってはいけないと昔から教えられてきたが、置いていかれてはたまったものではない。小走りで彼女のもとへと向かい、斜め後ろに位置取った。彼女はちらと此方を見て、受け取りの説明を始める。

「今から向かう管理所には様々な物品や刀剣が保管されています。必ず我々職員の指示に従っての行動をお願いします。むやみに物を触らないで下さい。事前に対象を確認することもできません。勿論、事前に申請された物以外を見ることもできません。よろしいですか?」
「はい」

彼女は早口でそう言うと、もう話す事は無いとばかりに歩を早める。運動不足な審神者にとって、この競歩状態はちょっとしたスポーツだ。息が上がってくるが、彼女は気付かないのか御構い無しなのか、スピードを緩める事は無い。
すみません、少しゆっくり、と言おうとするのだが、息が上がっているせいか上手く発声できず、またこんな事でという思いもあってか、二度目のチャレンジを行う事はなかった。
何度か道を曲がり、数回階段を利用した。広い建物である。自分では絶対に覚えられない自覚があるために、彼女の記憶力にただただ感心した。途中、エレベーターの設置は無いのかと尋ねたが、建築基準法に違反していないので、と返された。つまり設置される事は無い、という事なのだろう。やはり役所は不便だ。

彼女がある部屋のドアを開く。それに続いて部屋へ入ると、別の人物が立っていた。眼鏡をかけた若い女性である。彼女らは書類の受け渡しと、二言三言言葉を交わし、案内をしてくれた管理課の女性は、少々お待ちくださいと会釈してから部屋を出て行ってしまった。
部屋を観察する。小さな会議室のようだった。しかし、目を引くのはワープゲートである。監理部の彼は、ここには設置されていないと言っていたように思ったが、聞き間違いだっただろうか。すると、眼鏡の彼女が可笑しそうに答えをくれる。どうやら、先ほどの女性とは違い、他人の機微に敏感なタイプのようである。

「管理所は異空間に存在するんです。物が多いですから、倉庫がすぐにまんぱんになっちゃうので……。刀剣も、現実にあったら困っちゃいますから。だって本物は一本だけなのに、二本もあったら大騒ぎになりますもん」
「俺達の本霊が贋作って呼ばれちゃ元も子もないからな。そっくりが作れる刀匠を出せって言われても困っちまう」
「そそ。だからほんとは俺達もあんまり本体動かしちゃいけないんだよねー。今回は特別な事例ってわけ。あ、後藤ちゃんいつもお疲れ様」
「お疲れ様です。みなさんお仕事順調ですか?」
「順調ってわけではねえな。仕事中断してきた。鶴丸と獅子王は今回はパスだ。まあ、四振りで十分だろ」
「油断するな。相手はへし切長谷部だ。サッと来てザシュッとやられるかもしれん」
「毎回思うがその言い方なんとかならんもんかね。俺っちの中での大倶利伽羅はもっとクールだった気がするんだが」
「ならんな」
「ならねえかー」

ぞろぞろと入ってきた彼らは皆、政府付きの刀剣男士である。総員六振り、そのうちの四振りである。先程まで世話になっていた大倶利伽羅と、審神者になる時の事前教育で世話になった浦島虎徹。審神者になる前から存在は知っていたのが鶴丸国永であり、彼は神祇庁の広告塔となっている。他の三振りは見た事がなかったが、存在だけは知っていた。獅子王、薬研藤四郎、日本号。ここにいるのは後者の二振り。刀剣男士達はみな、それぞれ別の色のチョーカーが首で揺れている。
それ以外にも目につくのは服装だ。彼らは一様にスーツを着用している。あの薬研藤四郎もしっかりと黒のズボンを履いていた。足の出ていない薬研は新鮮だ。髪型も区別をつけるためなのか、はたまた個人的なお洒落なのか、他の同位体よりもだいぶ短くなっている。髪型で言えば、大倶利伽羅も少し長い髪を束ね、後頭部で留めていた。日本号は普段の髪型のままだが、目の色が左右で違っている。浦島が他の同位体と、違うところといえば、前髪を上げている事と、肩に亀吉が居ないくらいだろうか。
鶴丸はどうだっただろう。何分古い記憶のため、通常の鶴丸が思い起こされる。獅子王については全く知らないのでどこが違うのかわからない。ただ、やはり政府付きというからには皆噂通りの訳ありなのだ。他の同位体と、区別出来るような特徴を持っている程には。

「それでは揃ったようなので、刀剣保管庫に移動しますね。審神者様はみなさんの途中に入って移動をお願いします」

脇のパネルを操作し、彼女はゲートを起動させた。重い駆動音と共に、壁しかなかったゲートに虹の膜が出来上がる。更に彼女がパネルを操作すると、虹の膜は色を薄め、その向こうに円形のエントランスホールが見えるようになる。
浦島が先陣を切った。次に日本号が続く。大倶利伽羅に押され、ゲートを潜る。コツ、と固い床が鳴った。先程までは絨毯の敷かれた小部屋だったのが、今では大理石が敷かれた、天井の高いエントランスホール。床と天井の模様が、そのまま何かの魔法陣になっている。
背後にはゲート、正面には豪奢な観音開きのドアが一つ。他にもドアは複数あるが、全て均一に並んでいるようである。

「では、審神者様は正面のドアへ。大倶利伽羅さんは私と一緒に」
「薬研」
「はいよ」

職員と大倶利伽羅、そして彼に呼ばれた薬研は、別のドアへと入って行った。残った二人は豪奢なドアを引き開け、中に入るように促した。中央には毛足の長い絨毯が敷かれており、更に奥には何かの台が置かれている。ただそれだけの部屋であった。

「ここは?」
「メインホール。祓ったり壊したり、ま、色々とな。お前さん達にとっちゃ、ただの引き渡し場だよ」

失礼します、と背後から声が掛かった。振り向けば先程の女性が、木箱を抱えて入ってきた。
自分の横を通り過ぎ、あの台のところまで行くと、台の側面に何かを押し付ける。がしゃん、とどこからか音が鳴り、何かの軋む音や、機械音がホールに響き渡る。いつ聞いても慣れないな、などと緊張感なく会話するのは刀剣男士達だ。
台の形が変わり、下からせり上がってきたのは刀掛けだ。全ての動作が終了したのだろう、先程まで鳴っていた音は止まっていた。いつの間に白い手袋をしていたのか、女性が木箱を開き、中から布と共に細長い形状の物を取り出す。口内に溜まった唾を飲み込む。中身は見えなくとも、確信できる。あれが、今回引き取るへし切長谷部だ。
かたん、へし切長谷部が台に掛けられる。静寂な空間では、小さな音もよく響いた。

「それでは、これより授受の儀を執り行います。……審神者様、こちらへ」

絨毯の上を指され、移動する。お座りください、と指示された通りに動いた。背後には四振りの刀剣男士が並ぶ。

「浦島虎徹、大倶利伽羅、日本号、薬研藤四郎。以上四振りの武装を許可します」

彼女の言葉から一呼吸置き、瞬間、四振りはスーツ姿から見慣れた服装へと変化した。
戦闘準備を済ませた彼らを確認し、彼女は木箱と布を持ち、ホールから出る。ばたん、とドアが閉まる音がした。

「あんたの準備が出来次第でいい」

大倶利伽羅の声がする。いつもと違う状況だ。少しばかり緊張する。目を閉じる。深呼吸。
目の前にあるのはへし切長谷部だ。少しばかり訳ありで、故あって引き取る事になった。
手続きは面倒だったが、それは苦になるほどのものではなかった。自分は彼を引き取る審神者である。もう一度深呼吸する。目を開いた。


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