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◎つくも


「お願い!アンタにしか頼めない事なの!」

そう言われて渡されたのはトートバッグとそこからはみ出た細長いブツであった。
断捨離と言う名の大掃除にあたり、彼女がどうしても捨てることのできなかった推し達。インターネットオークションやSNSで譲りますの文書を見ていて、大変だなあと思っていたが、ついに私のところにまで。

「いや……あーしこれ知らんし……」
「でもアンタなら絶対大切にしてくれるでしょう!? ほんっとお願い……!」

彼女は来月結婚する。脱オタ、とまではいかなくとも、家を同じくするのに、推し達の祭壇が置けなくなるのは自明であった。場所を取らないキャラクターグッズをほんの少しだけ、と厳選する彼女に付き合ったこともある。推しが沢山いるって大変だな。
自分はあまりグッズを買うようなオタクではないから、まあ、多少物が増えても問題はないのだが、しかし。

「流石に高かったんじゃないの、これ。オークションで売った方が良かったんじゃない」
「見ず知らずの人間に私の長谷部を譲れるわけないでしょ!?」

トートからはみ出すヤバいブツ。模造刀とかいう刀のレプリカ。模造刀はピンキリと彼女は言っていたが、この熱量からするとそこそこお高くて良いやつなのではなかろうか。刀掛けも今ならお付けできます、なんてセールスを繰り広げる親友は、そのくせ一向にトートから手を離さないのだから笑える。

「わかった、わかった。アンタの長谷部?はちゃんと大事にするから。こんなところで泣かないでよ」

以前、刀に名前なんてあんのね、とか言ったことがあるが、次の瞬間には彼女の推しキャラクターが出る、ゲームのダイレクトマーケティングを受けていた。あれよあれよとアカウントを作成し、ほんの少し触れたけれど、あまり相性が良くなかったのもあって、何人かキャラクターを作ったところでやめてしまっている。
刀の擬人化ゲームが社会現象に成りかけた程度には話題で人気なのね、くらいの印象である。
良い子にするんだよ、元気でね長谷部ェェェなんて泣きながら、引越し準備のために帰っていく彼女を見送り、私はトートからはみ出す刀、へし切長谷部を撫でる。

「あーし、あんたのこと全く知らんけどさ。よろしくね、はせべ」





親友がどハマりしたゲーム。刀掛けにかけられた刀を見て、また少しだけ触ってみることにして数日。「へし切長谷部と言います」と桜吹雪のエフェクトと共に現れたキャラクターを見て、お前かあ、と声が出る。刀掛けのあの刀を持っている。おう、へし切長谷部。人の形で会うのは初めましてだな。
刀剣乱舞-ONLINE-というのは、刀の神様がタイムスリップして、過去を変えようとする悪い鬼を斬っちまうぞ、っていうゲームだ。本当にそれだけしか言うことがない。強いて言うなら、マウスの左クリックをカチカチするだけのブラウザゲーム。時折クリックのし過ぎで画面の拡大縮小にイラっとする。ただこれは私のパソコンの問題かもしれない。
放置ゲーのようでいて、全く放置をさせてくれず、かと言ってこちらが全て指示や世話をするような育成系でもなく、ストーリーもほぼないためにRPGとも言えず。なんともやりづらい。
そんな話もまた別の友人としたことがある。なんでも、過去にタイムスリップできるのは刀剣だけで、審神者は出来ないから指示出すだけでも世界観が守られてて良い、との言である。その子は考察大好き勢なので、ははあ、なるほどなあ、なんて話半分に聞いていた。
本当になんなんだこれは、と思い始めて一週間半。私は飽きた。ダメだ。やっぱり合わない。
世話をさせるなら全部させてくれ。させないならもっと放置させてくれ。ねこあつめみたいにならんのか。何て面倒なんだ。
飽きたと言うより、完全なる挫折である。親友や他のユーザーに尊敬の念を抱けるレベル。
ウィンドウを閉じ、部屋の隅にある、テレビ台の空きスペースに陣取るへし切長谷部を見る。
赤い紐の巻かれた持ち手……柄って言うんだっけ。あれの色が鮮やかでそこら辺はちょっと気に入っている。
イラスト投稿サイトや二次創作物、公式のアニメとか追うからそれで勘弁してくれ。
と、私は審神者をやめることにしたのであった。この長谷部は大事にするよ。
長谷部の鞘をするすると撫でた。



長谷部がアクセサリー置きになって早数ヶ月。私は審神者ではないけれど、ぼんやりと擬人化された彼を思い浮かべる。主人に持ってて、と言われてアクセサリーを沢山身体に飾られる彼は、きっといたって真面目な顔をしているのだろう。もしかしたら落とさないように気を張りすぎて、少し慌てた顔をするのかもしれない。ふふ、と笑いが込み上げてくる。
長谷部は元気にしてる?なんてウェディングドレス姿の親友がコソッと聞いてきたのはウケた。模造刀に元気もクソもない。アクセサリー置きとして仕事してくれているので、元気だよと答えてあげた。彼女はどうやら旦那にはオタクであることは言っていないらしい。早く打ち明けた方がいいのに、と思うが、タイミングを逃してしまったようで、墓場まで持っていくことに決めたようだ。
披露宴も滞りなく行われた。両親への手紙を読む辺りで私への手紙もなぜかあって不覚にも泣いてしまったが、中身が当たり障りのないことばかりで、客観的に見ればなぜ手紙を書いたのかと疑われるような関係性にしかなってない。オタバラししてないからそういうことになるんだよ!はやくバレろ!とりあえずトークアプリで草を生やしておいた。
全てが終了して他の友人たちとも別れ、シャンパンやらワインやらでちょっと気持ちがいい。良い気分で自宅の鍵を開け……開いてない?
えっウソ開い、開いてる!
ドアを押し開く。全身から血の気が引いた。出る時鍵をかけたつもりだったのに、まさかそんな。そんなまさか。まさかの展開に酔いが醒めた。慌てて靴を脱ぎ捨てて部屋へと飛び込み、手荷物を落とした。ひ、と悲鳴を上げそうになるのをなんとか堪えたが、そんなのは全く意味がない。なぜなら目が合ってしまった。全身真っ黒な服を着て、強盗がよく被ってるような目出し帽を被った、人間と。

「……っけ、警察呼びますよ!」

悪手だった。けれど、私はどうして良いかわからなかったのだ。目に見えて動揺したそいつは、何故か手に持っていたナイフでこちらへ向かってきた。恐ろしすぎだし、相手も私も動揺していた。私は咄嗟に動けない。どすん、お腹に衝撃が走る。ボールでも当てられた気分だ。ただし、ドッヂボールでは流血沙汰にはならない。腹を刺されて思った事は、お気に入りのフカフカなカーペットが血で汚れた、とかこいつよく見たら土足じゃねえか、とかだった。カッと頭に血が上った。アクセサリーが粗方奪われて身軽になった長谷部を握る。全然斬れるなんて思ってなかったけど、きちんと頭も機能していなかったようで、てめえなにしやがる、コラァ!と巻き舌になりながら長谷部を抜き、圧倒的怒りと火事場の馬鹿力で奴の頭に刀を振り下ろした。胸に何かが当たった。奴の手だ。ナイフが握られた手。カウンターとかやりやがるじゃねえか、最早怒りどころではない。一周回って冷静になってきた。男が体勢を崩したところでナイフが抜かれる。噴き出ていく血。急激に冷えていく身体、遠のいていく意識。アドレナリンのおかげでなんかちょっと痛いなあくらいで済んだのは僥倖である。男がよろよろと立ち上がったのが見えた。私の手の中から長谷部を抜き取る。まじまじと眺めて、あ、待て、おまえ、はせべもぬすむつもりだろ、ゆるさねえぞ……!
最後の力を振り絞り、私は中指を立てた。
地獄へ落ちろ、強盗野郎。

[newpage]
暑い。
ごうごう、ぱちぱちと音がする。何かが崩れる音もする。全身の痛みに耐えながら、浮上する意識でまずは目を開けることに集中する。
ぼやけた視界は赤い。目のピント調節がうまくいかない。体を起こす。瞬きをする。
漸く周りが見えるようになってきた。いやに明るい。

「あっつ! なに!?」

じりじりと痛みを伴う熱さに悲鳴を上げた。明るいし赤くて当然だった。辺りは火の海である。不意に手が滑った。未だ身体を腕が支えていたものだから、もちろん身体を床に打ち付ける。地味な痛みに悶絶する。涙が出る。滲む視界に何かが見えた。腕を伸ばせば、届く距離だ。青い布だった。ぼろぼろになってはいるが、手で握れるほどに小さな巾着のような。
中身はない。けれど、これはお正月とかで初詣に行く時とかによく見るあれ、お守りの袋に似ている。流石に拾った布を捨てるのは良心の呵責を感じそうなので、ポケットに突っ込んだ。その事に多少の違和感を覚えながらも出口を探す。その段階で違和感が大きくなったが、まだなにに対して違和感を覚えているのかわからなかった。その居心地の悪さを頭の隅に追いやる。今はそれを考えている場合ではない。何故なら、家が、燃えているので。

私が住んでいるのは大きめの三階建てアパートだ。火事のせいなのか、壁が崩れたりしていてなんだか広く見える。火の手が強すぎるのか、出口が見つからないのも不安だった。
誰かのうめき声がした。お隣さんかとその声の元へ駆け寄って、一瞬硬直した。お隣さんが悪いわけではない。多分あの強盗野郎が何もかも悪いのだ。多分火を付けたのもあいつだろう。地獄へ落ちろ。だってお隣さんだってまさかこんな事になるとは思っていなかったはずだ。私も知らなかった。お隣さんもオタクでしかもコスプレイヤーだったなんてな!
近年のご近所付き合いは希薄、近所付き合いは大切だ、なんてテレビでも流れていたが今、全霊を持ってその考えに同意する。だってお隣さんの名前すら覚えてないのだ。なんて声をかけたらいいのか。キャラクター名か?……背に腹は代えられないか。

「ねえちょっと、大丈夫? ねえってば、一期一振!寝てたら死ぬぞ!」

しかしながら、やはり火の海の中にいるというだけで相当に熱い。じりじりと熱波で焼かれているのだから、熱くても仕方がないとは思うが。汗が滝の様に噴き出して、シャツをびしゃびしゃにしている気がする。気持ちが悪い。何度もコスプレイヤーの一期一振の肩を叩いているけれど全然目を覚まさない。呻き声を上げるだけだ。寝てる場合じゃないんだぞ。ここにずっといると君も自分も死んでしまうんだが早く目を覚ましてほしい。肩を思いっきり叩く。気分はもう救急対応のあれだ。大丈夫ですか、大丈夫ですかァ!

「う……」
「一期さん起きた!?早く逃げましょ」
「……長谷部殿……?」
「何!?私は隣のお姉さんですけど!?」

長谷部殿?じゃないんですよこっちは!仲間がおんのかい!そうか、友達とコスプレ大会してたんですねわかります!地獄落下野郎を恨め!あの野郎!マジただじゃおかない!
どうにか彼を担ごうとしていると、彼は自分はもうダメだと言い始めた。ダメじゃねえんだよ!?それよりも彼女と弟を、と呟いた後がっくりと項垂れた。彼女と弟もおんのかーい!賑やかだなあ!どうやらまだ生きているらしい彼を引きずりながら、奥の部屋へ向かう。弟くんと彼女さんを助けに行ってみんなで脱出すんぞコラ!マジ!クソ重たいなこいつ!
燃え盛る中、奥の部屋に、折り重なって倒れている男女を見つけた。これだな彼女と弟!ていうか全員コスプレイヤーだななんだこれ!薬研藤四郎と、オリジナル審神者ですねわかります!わかりますよ!でもそんなことは今はいい。私は三人を引きずって出口へ行かなければならない。ムキムキでもない女の私にそういうのを求められても困るんですけど!でも冷静に考えると流石に無理なので、女の人を起こす事にする。大丈夫ですかァ!形振り構っていられない。今世紀最大の大声だった気がする。熱された空気で喉が焼けたのか、私の声じゃないように感じたが、そんなのは医者に後で見て貰えばいいのだ。

「……長谷部……?」

彼女がゆっくりと顔を上げた。心臓が止まった気がした。知った顔だ。知っている顔。彼女がこんなところに居るなんてそんなことある?
結婚して、幸せに夫と暮らしてるんじゃないの?やっぱり断捨離キツすぎたんでしょ、だから審神者のコスプレに走るんだ。ていうか隣なんだから挨拶くらいしても良いのでは。
でも推しの長谷部と私間違えるのあまりにも目が節穴じゃない?後でトークアプリに草生やしてやるからな。
だけどもしかしたらこの火事のせいで視力に何かの影響を及ぼしているのかもしれない。医療の知識とか全然ないから、正直なところはよくわからないけど。

「そうです、あなたの長谷部です。今すぐここから出ましょう!立てますか、歩けますか?申し訳ないですがそこの薬研をお願いします!」

こんな切羽詰まった状況で、長谷部じゃねえとか言ってられない。彼女が私を推しだと言うのなら私は推しに成り切るぞ。それで彼女が助かるのなら、一時の恥くらい大したもんじゃない。命あっての物種だ。訂正は助かってからにしよう。私がお前の病室が草原になるくらい笑ってやる。それから、長谷部が地獄行き野郎に盗られたことを謝らなきゃいけないのもあった。ちょっと心苦しい。でも、それも全部助からなきゃできないことだ。彼女を支えながら立たせる。薬研は私が引きずってきた一期一振さんの身体の上に置いた。
私は長谷部、私は長谷部、私は長谷部!いざ行かん!火の海!
一期一振の足を掴みながら一歩踏み出した時だった。ドサ、と背後から音がして振り向けば、多分厚藤四郎のコスプレをした男の子が落ちていた。弟二人いたのか、と驚いてる場合じゃない。問題は厚藤四郎くんの向こう側にいる人間だ。人間……だよな?映画の特殊メイクか何かかと思うくらいに忠実な歴史遡行軍の姿。手にもギラギラと光る刀がある。太刀だ、あれ。多分、記憶が正しければ。そういえば色が違えば強さが変わるってあったような。何色がどれだけ強いのか、自分には全然知識がない。というかあの人もコスプレ仲間なんだよね?弟くんを連れてきてくれたんだよね?投げる必要ないと思うんだけど、そうか、ここはまだ火が回ってないからその着ぐるみを脱いで行こうっていう、そういう理由でいいんだよね?だからその振り下ろそうとしている刀も、着ぐるみがうまく動かないっていう──。

ばん、と叩きつけられた刀が厚くんの身体に埋め込まれた。厚くんの身体から大量の血が噴き出し、流れて広がって行く。ざあっと体温が急激に下がった気がした。全身から出る汗の種類も変わった。火の海の中、先程まで熱に焼かれて熱く、痛いとさえ思っていたのに、今では気を抜いたらガチガチと奥歯が鳴りそうな程に凍えている。逃げなければ、と思う。だが、素早い動きはできない。疲労困憊の親友と、未だ気絶状態の兄弟。本当は厚くんだって助けられるものなら手を伸ばしたいくらいだった。私は今、選択を迫られている。見捨てて逃げるか、全員死ぬかを。だんっ、だんっ、と大きな魚をぶつ切りにするように厚くんに刀を振り下ろし続ける、化け物。厚くんはもう助からないと思った。今すぐにでも逃げないとみんな死んでしまうだろう。自分の力では三人も抱えて逃げられない。だけど死ぬとわかっているのに置いていけない。
長谷部、そう、私は今、へし切長谷部。ああ、お前ならどうする、長谷部!
にわかとうらぶファンにとって、表面的なキャラクター像は少しならわかる。けれど、こういう場面において、キャラクターがどう行動するかなんて考察、全然知らないし、わからない。
私は掴んでいた一期一振さんの足を離した。慎重に薬研くんを背負い、親友を抱き上げる。
ああ、ごめんなさい。一期一振さんを見捨てる私を、どうか許して。
化け物に背を向け、火の海に飛び込んだ。

[newpage]


03/27 20:40


mae top tugi