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◎王剣くん


「シェイド」
「ここに」

父の前にすっと現れたのはフードを目深に被った男だった。服装は民族風の模様と彩りも鮮やかな刺繍と麻布や鞣した革などが使われている。暖かそうでもあり、涼やかそうでもある。顔立ちも髪色も肌の色も、服と影に隠れて何も見えない。年齢を推し量る事すら難しかった。
俺はそいつをネルと呼び、親父はこいつを呼ぶ時に、俺が呼ぶのとは別の名で呼ぶ。
ネル。幼い頃に名前がないと言う奴に俺が与えた名前だった。父も奴に名を与えたのだろうか。王の剣に所属するのだから、二人には俺の知らない関係があるのは明白だ。
それは俺が気安く聞けるものじゃないと思う。ネルに命令すれば教えてくれるだろうけれど、そんなことまでして知りたいとは思わない。そりゃあ、気にならないわけでもないけど。
ネルをシェイドと呼ぶのは親父だけじゃない。王の剣に所属する兵士たちや、親父の周りの人間はみんな奴をシェイドと呼んだ。奴をネルと呼ぶのは俺の周りの人間だ。イグニス、グラディオ、イリス、ジャレッド、タルコット……。
ネル自身はどう思っているのだろう。本当の名前はどっちなのか。顔はいつも影の中で、表情なんかを読み取ることはできない。やはり、正面から尋ねることも気恥かしくてできない。親父の話が終わったのか、ネルは闇に紛れるようにサァッと消えてしまった。
そういえばあれも、親父から分け与えられた魔法のひとつなのだろうか。ネルは他の王の剣の奴らとは違って、シフトも上手いと聞いた事がある。

「……シェイド」
「お呼びですか」
「うおっ!」

呼べば来るとわかっていても、何処から現れるのかはランダムなネルの登場は、いつだって驚かされてばかりだ。

「王子?」

跳ね回る心臓を如何にかして抑えようと胸に手を当てる。背後からの声は予想以上の驚きだった。何も言わない自分を訝しげに見ているのか、フードの頭が少しだけ傾いた。

「ネル」
「はい王子」
「シェイド」
「はい」
「……ネル?」
「はい、ここに居ます」

ネルは頭を再度少しだけ傾けて、御用件は、と切り出した。だけど別に、用があったから呼んだわけではない。いや、自分としてはネルという名以外で呼んでも来るのかという実験のようなものだから、用がなかった、というのは嘘になる。ただ、ネルに言いつけるような用事がないというだけで。

「お前は……どっちでも、来るのか」
「どちらも我々に与えられたものですから」

影の奥でネルが笑った気がした。微笑ましい、と言わんばかりに。
多分。だって顔は見えない。

「シェイド・ネル・スキアー。我々に与えられた呼び名です」


ウウム


10/13 10:41


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