◎FF15-王剣くん 「ネル?」 「はい、ここに」 俺には幼い頃から護衛が一人付いている。目深に被ったフードのせいで、いつも顔も表情も全く見えないけれど、その中の男の髪の色が自分よりももっと黒い色であるとか、目の色がウルフアイと呼ばれるようなゴールドであるのを知っている。顔をきちんと見たのは数えるくらいしかないから、素顔の奴を見分けられるかといえば不安だが、いつ呼んでも必ず来る。幼い頃、それを試したくて、こいつでよく遊んでいたからそれだけは確かだ。 「高校の、事、なん、だけど」 高校に入ったら一人暮らしをする。決めたことだった。父の了承も得ているし、どこに住むかも決まっている。あとは引っ越しするだけだ。この護衛もそのことは把握してはいるはずだが、面と向かってその話をするのは初めてだ。いや、そもそも。呼んでも来ないというのは想像がつかないし、それを言い出すのも勇気が要った。既に口からは言葉が出なくなってしまって、ああとかううとか、意味のない音だけが漏れる。 こいつにだけは、今の今までどうしても言い出す勇気が持てなかった。親父や幼馴染のグラディオ、イグニスにだって言えたのに。今でもやっぱりだめだった。でも、言わなきゃ。そう決めて呼び出したのだから。 「俺、一人暮らし、するじゃん」 「存じ上げております」 「だから、あの、さ」 ああ、だめだ。頭が真っ白になる。用意していた台詞が完全にとんでしまった。どうしよう。迷子になったような気分だった。咄嗟に奴の服を掴む。意図を汲んで、言葉を紡いで欲しいと思った。自分より背の高い奴の、フードの中を覗くように見上げる。 「その……」 「ノクティス様、お手をお取りしてもよろしいですか」 「はっ? えっ? あ、ああ、おう、うん」 唐突で脈絡のない言葉に思考が追いつかなかった。 ネルは裾を掴んでいた手を丁寧に剥がして跪き、俺の両手を己の手の上に置くようにした。ネルの手は俺よりもずっと大きい。年上であることはすぐに理解できる。 「一人暮らしはノクティス様の自立のためのもの。我々を遠ざけたいと仰るのですね」 そう言われて頭を一度だけ縦に振った。だけど、言葉にされたことでガツンと後頭部を殴られてしまったような気分にもなる。自分から思い立って、自分から切り出そうとして、自分から察して欲しいとまで願ったのに、いざネルにそう言われると、裏切られたような気になってしまったのだ。なぜだか目に涙がたまる。悲しいのか寂しいのか、悔しいのか腹立たしいのかわからない。でも、そう、ネルから離れると言って欲しくはなかったのだ。でも、自分から切り出した手前、そんなことも言えない。 「そう、なんだ、けど、違くて、ネル、そんなんじゃ」 「ご安心下さい、ノクティス様。お呼びとあらばすぐに馳せ参じます。例え世界の裏に居ようとも」 大きな手に両手を挟まれ、益々感情が昂ぶる。視界が滲む。目の淵に溜まった涙が決壊して、ほろり、ほろりと涙が流れていく。 「我々はいつもあなたのお側に」 中学に入ってから驚くほどに背は伸びた。だけどネルには届かない。どう表現していいかわからないこの気持ちを、ネルはどう思うのだろう。 「ネル」 「はい」 ただただ嫌われたくはない一心だった。こいつだけは俺を嫌うことはないと思う。だけどもしも。だって今、すごく困らせているはずだ。俺から離れろと言わなければならないのに、離れて欲しくないとも思う。それを察して欲しいと思って、その言葉を聞いた途端裏切られた気持ちになって。すごく、すごくわがままだ。 「ネル」 「はい、ここにおります」 「俺、お前に、言わなきゃ」 「わかっております。我々はノクティス様のお部屋には近付きません。ノクティス様が、お呼びになるまでは」 いつも、ネルは呼ぶまで姿を見せることはなかった。授業中に名前を呼んで見れば、何かしらの合図はくれた。でも、姿を見せてくれはしなかった。ちゃんと弁えてくれているのだ。でも、多分、一人暮らしの時、そういうことはきっとない。ひとり、部屋で名前を呼んでも、合図がもたらされることはないだろう。 ネルを立たせる。背の高いネルの胸のあたりに頭を預け、両手を腰に回して抱き締めた。息を飲む音が聞こえる。 「ノクティス様」 ネルの腕が、背のあたりを撫でてくる。 「何かありましたらすぐに我々の名をお呼びください。このネルが、直ちに御身の前に参りますから」 「……ん」 「ご心配には及びません。我々はそういう、生き物です」 10/06 23:22 mae top tugi |