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◎血界


何事も起こり得る街、ヘルサレムズ・ロット。
だからこそ多くの者が足を踏み入れ、多くの者が命を落とす。治安の良し悪しなど二の次だ。みな、自分のことが第一で、自分のことで手一杯。それはまさしく有象無象の犇く生命の坩堝、正しく弱肉強食のニューヨークであった。
その中でも他社の守護者たる位置、否、彼らもまた彼らの使命のために働いてはいるが、善性を持つ正義漢率いる組織が存在する。秘密結社ライブラ。世界の均衡を維持する目的で活動する、牙狩りと呼ばれる組織の一構成部署である。

砂ぼこりの含まれた風が吹き荒れる中であっても、その金髪は美しくなびいていた。その髪の持ち主である青年は、己が撒き散らす直前であった災害を防ぐことができたことへ安堵の息を漏らす。
周囲は時が止まったかのように、青年以外のすべてのものの動きが停止し、人々は驚きや恐怖の感情と共にその空間に固定されている。
爆発と戦闘によって破壊された瓦礫たちは、人々の間をゆっくりと動き始め、本来なら甚大な被害を及ぼしたであろう石達が小さな音を立てて地面に降ろされる。
唯一自由に動くことのできる青年は、自身の周囲に散らばった赤い球体をマジック・ショウのように指先だけで操り、ウエスト・バッグから取り出した小瓶へと移動させる。おのれの腕に引かれた赤い線を隠すように、瓶と交代で取り出した包帯を、器用にスルスルと巻いていく。
一通りの行動を終え、被害者がいないことを周囲を何度も見回して確認し、ふうっと肩の力を抜いた。途端、人々を縛る何かが解かれ、弾けたように遅らされた爆発音が聞こえる。
何が起こったのか理解できない人々は、これもまた日常であると結論付けた。青年もまた、その人々の一人であると、行き交う人々の中へ紛れ込もうとした。しかし、それは大きな手によって阻まれる。腕を引かれ、振り返って視線を上げた。赤毛の大猪が、何かを言おうと口を開閉している。
掴まれた腕がぎしりと痛み、青年は困ったように眉尻を下げた。
「なにか、御用でしょうか……」

×××××

目の前に座る、赤毛の大猪に連れられ、彼の事務所へとやって来たが、どうにも話が噛み合わない。どうやら彼は、自分と誰かを勘違いしているようである。何せなぜだか彼らに大いに歓迎され、先ほどの失態を褒められている。よくはわからないが、先ほどの失態は叱られるべきであって褒められるものではないのだ。
そっと部屋を見渡せば、ドアの向こう、それとなくこちらを伺う人たちがいる。それはそうだろう、こんな得体の知れないやつを、友人と二人きりになんて普通できない。
「あの、たぶん、人違いだと思うんです」
あまり人とは話したことがない。だが、とにかく、彼らの言う力はなく、自分はただのサイコキネシストだということを説明した。
ただ、血のことは一つだって漏らしていない。これは全ての生命にとっての災厄だ。世界に混沌をもたらし、生命に死を呼ぶもの。
サイコキネシスは、それを避けるためのちから。
「本当にすみません、お探しの方ではなくて」
「いや、こちらこそすまなかった」
体格に似合わぬ紳士的な態度の彼は、あれから始終申し訳なさそうにしていた。事務所の外まで見送ってくれ、自分がここの出身でないことを知って、あまり役には立たないだろうがと言いながら、地図と新しい包帯をくれた。
良い人だと思う。礼のついでに少しの罪悪感から謝罪する。地図に記載されたこの街の名はヘルサレムズ・ロット。元々はニューヨークであるということに驚いた。兄弟と共に心を躍らせたスーパーヒーローの活躍する大都市が、今やこの有様なのだから。1分も歩けば、その異様さは肌ですら感じ取れる。
ここは最早、自分が住んでいた世界ではない。そう実感できるのだった。
数分毎に犯罪が起き、流血沙汰が勃発する。すれ違う人々は異形ばかりで、己が知る、写真やテレビの中のニューヨークですらない。
赤く滲む包帯をさする。
兄弟のように傷がすぐ治るわけでも、能力を使って流血を止めることもできない。この血は災厄そのものであるというのに、兄弟が居なければ自然治癒を待つしかできない。己の身を呪う。
此方へと来てしまった折、己の体に関するものを一切持って来れていなかった。今、身に付けているものも、殆どがこちらで調達したものだ。今、血の入っているあの小瓶でさえ。
ふう、と息を吐く。
背後で硝子が割れる音がする。銃声。自身への被害がなければそれでいい。ああ、兄弟。
「帰りたい」


07/12 14:27


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