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◎武田の子


甲斐の若虎、と言えば真田幸村の名前が挙がる。戦場で火炎を纏う勇猛果敢な若者だ。この日の本に、名が轟くのも頷ける。
けれど。それが、自分には少し、面白くないのも事実なのだ。
自分の姓は武田。甲斐の虎、武田信玄の息子。それが甲斐の若虎でないなら、一体なんだと言うのだろう。
自分の婆娑羅も炎だが、青い。完全燃焼でもしているのだろうか。赤い炎ではないのだ。
着物も落ち着いた色を好み、派手な赤はさほど得意ではないようだ。甲斐武田の雰囲気には似合わず、周囲にも自分にも厳しい男。周囲からよく思われていないのも、これらが全て縒り合わさった結果なのだ。
それはわかっているけれど、どうしても性格は治らない。若も気にしていたけれど、周囲にはおくびにも出さない。それを自分が知っているのは、自分が「若」でもあるからだった。
「……」
静かだ。
静寂な城、自然の音しか聞こえない。持ってきていた刀を抜き、その白刃に顔を映す。整った顔だ。男らしく、しかしながら美しさも見える。自分が「自分」であった時は、きっとテレビの中でしか拝めなかっただろう。
すいと美しい刃を首に寄せる。これを少しでも手前へ引けば、この身体の命は終わる。なんと簡単なのだろう。自分の中の「自分」も「若」も、静かにこれを受け入れようとしている。

そんな終わりも有りだな、と。

「な、何をしておられるのですかっ!」

勢いよく刀を奪われてしまった。奪った男に目を向ける。気付かなかった。鈍ったな。
「こんな終わりも有りだと、思ったんだがなあ」
「……何かお悩みでも御座いますか」
「いいや……何も」
他人に言えるような悩みではないし、これを貫くと決めたのは他でもない自分だ。他人に頼るべきではない。ただ、少し魔が差した、それだけだ。
泰平なのは喜ばしい事だが、こうも何もないと気が滅入る。そういうものだ。


違うなあ


01/10 22:51


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