金蘭の契り | ナノ


※ワノ国編の兎丼脱獄後



 おまえの、あの空のように突き抜けたあおいひとみがすきだった。
「……ひさびさか? こんなに長く、おまえの素顔を見るのは」
 雪の吹き込むあばら家に、おれの声だけが響く。笑みの張りついた顔から包帯をほどき、髪も解いた相棒は、糸が切れたように藁の上でねむっている。ゆるやかに上下している厚い胸に、あって無いようなぼろ布を引き上げてやると、その金の眉はぴくりとふるえたものの、よほど疲れているのか、瞼が持ちあがるまでには至らないのだ。
 その目の縁が、かすかにあかい。
「くそ……」
 沸きあがる憤怒が全身をわななかせる。手当たり次第に暴れてやりたい衝動を、目の前のしずかな寝顔だけが押し留める。歯が根を鳴らし、腐った床板を握り潰して、深く息を吐いてどうにか、真っ赤に染まってしまいそうだった視界を取り戻したおれは、きしむ右の指でほつれた彼の髪をどけた。
「……もう、どうしようもねえのかよ」
 なあ。不自然に吊り上がっていた頬に、そっと触れる。己のわらう声から、わらう表情までもを疎んじた彼が、それをすっかり覆い隠すことで、それだけで生きやすくなるというのなら、それ以上なにも、だれも口出しをすることではないと思っていた。それがどうだ。仮面は剥がされ、笑みは刻み込まれ、自由は奪われ──こころは、ずたずたに引き裂かれた。
 どれほどの屈辱であったろう。どれほど、くるしかったろう。眼前が滲む。熱い目頭が、寒風にさらされ、煮えくりかえるはらわたが、凍りつくようなかなしみと混ざってぐちゃぐちゃに乱れる。そうだ、おれは、彼が彼でなくなってしまったなどと、そんなことはひとつも思っていやしなかった。おれが許せないのは、彼が、別人のように身の振り方を変えた、そんなしようもないことではなかった。
 彼のいっとう繊細な劣等感を晒しあげ、逃げ場所も、選択肢も根こそぎ奪い去った、そんな屑が、この国に君臨しているという事実が、なによりも忌まわしく、厭わしかった。
 なあ、キラー。いまだけはゆるやかにねむる、相棒の名を、濁る声で呼ぶ。なあ、おまえ、どうしちまったんだって、さっき、聞いたけどよ。
「おれにとっちゃあ……おまえは、おまえのままだ」
 高らかな声で気持ちよくわらうのがおまえだって、おれは知ってる。おまえが気にしてしようがねえから、なんにも言わなかったが。マスクでまで隠して、その面さえなかなか見せてくれなくなってよ。さびしいもんだぜ、相棒の顔ひとつ、簡単に見られないのは。
 なあ、おい、これからどうする。
「……腹ァ、くくるしかねえんじゃあねえのか」
 彼はだまっていた。閉じた瞼の縁が、金のまつ毛の根が、じんわりと濡れている。紫の紅もかすれかけた、うすいくちびるには力がこもっていた。そこが、ぐ、と、きつく曲げられた瞬間、その体躯はこちらに背を向けるように、寝がえりを打つのだ。ひとつ、ふたつ、堪えきれなかっただろう裏返った声が漏れる。
「……おれに……この、ばかみてえなままでいろと?」
「いいじゃねえか、それで」
 ばか上等だろ、海賊なんか。嵩のある不言色の髪を、掴むように撫でてくしゃくしゃにかき混ぜてやる。声がまた漏れた。瓦礫の中にいたころからずっと、ともに研鑽した強靭な背中が、発作のたびに、跳ねては揺れる。
 否、発作ではなかったのかもしれない。ごろり、緩慢に、こちらを向くその、あおい双眸が、かすかにおかしそうに、おれを捉える。
「……それで、慰めてるつもりか」
「慰めだァ?」
 そんなくだらねえもん、寄越すわけねえだろ。顔をしかめて唸れば、ファ、ファ、と、むかしのように彼がわらう。そうか。おまえは、そういうやつだな。そう言っては身を起こし、ひとしきりわらい尽くす、その横顔が、どうして、波立っていたこの胸を凪がせて、ぬくめていくのだろう。
 答えなど、とうのむかしに知っている。
「立てよ、相棒」
 預かっておいたマスクを投げ渡すと、立ち上がりつつも惑ったように視線が泳ぐ。おまえの『最強装備』だろ。口端を上げ、彼のこころの防具を指してやれば、彼は、一瞬、ほっとしたように、マスクを掴む手に力を込めるのだ。ああ、たかがおれのひとことで、その胸を蝕む気遅れをなにもかも吹き飛ばしてやれれば、どんなによかったか。
 それが、ひといきには叶わないから、おれは、いつだって、おまえの誇りとして、隣を駆けていてやりたいのだ。
「行くぞ、キラー」
「……ああ」
 ありがとう。キッド。耳慣れた、くぐもった声が、外の雪の合間に、ぽつりとこぼれ落ちる。その肩を抱いてやるにはいまだやるせなさの拭いきれぬ手は、奴らへこの憎しみの礼に参るまで、その背をとん、とやわく叩くことしかできなかった。

金蘭の契り

2024.06.25

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