濡れても先に傘 | ナノ

※転生現パロ(26歳×39歳)



 ちかちかと、明滅する瞼の裏に、もうほとんど乾いた部分などなさそうな身体をよじる。穿たれた彼の熱がよわいところを執拗に撫でこすって、端も濡れた口がひとりでに、きもちいいと繰り返す。荒れた呼吸の間、必死に彼の名を呼んでしまうのは、そのいとおしい腕に抱きしめられたいからなのだろうか。こちらを見下ろしてこの腰を抱き、コラさん、と唸る彼の顔は、湿りきった目ではろくに見えない距離で、ああ、こういったときほど、この図体のでかさが厭わしくなる。
「ロ……ォ、もう、ああ」
 また。みっともなくよがる自らの声に、恥すら浮かばぬほど脳髄がしびれている。せめてと伸ばした手は彼にしっかと握られて、抱きしめる代わりとばかりに肌を押し撫でられる。触れられたそこから愛が沁みこんで、じゅわ、と、際限なくとろけるのはいったいどこであったのか。すき、すき、そんな幼稚な台詞が転がり落ちて、刹那、息を呑む彼の手つきが、深い繋がりが、荒々しく様変わりする。恍惚さえ突き抜ける陶酔に、また息が止まっては眼球が裏返りかけるのを、必死に目をつぶろうにも、次々と押し寄せる彼の情愛が、それを許してくれないのだ。過ぎた絶頂が全身を痙攣させる。息ができない。
(──やべ、え)
 しんじまう。腹の奥から押し出されるように、薄く精をあふれさせているのだろう自身までもを、彼の手にきつく扱かれて、声にならない悲鳴が呼吸の通らない喉を締めつける。身も世もなく上半身をよじり、逃れようとうつぶせに頭上のシーツを掴んでも、興奮しきった彼の力には負け、しっかと腰を掴み直されるのだ。打ちつけられる劣情が、たっぷりと濡れそぼつその音が、内側から、外の鼓膜から、この肉体のすべてを彼に浸潤されているような錯覚を呼び起こす。とうに満たされきったはずの精神がとろめき、きゅう、とひとりでに彼を咥えこんでは、まるでもとめるように腰が浮く。ロー。息の音も鳴らず、ただはくはくと口を開閉するだけのおれに、彼は、コラさん、ああ、コラさん、とせつなげに繰り返しては、ひときわ強くこの胎内をえぐった。
 あいしてる。腹の中で高く脈打つ熱が、奥に奥にと注ぎ込もうとするかのように、幾度もゆっくりと押しつけられる。それだけでまた白む脳裏に、舌までもがまろび出そうになって、かろうじて歯を食いしばる。じっくりと果てたのち、ずるりと抜かれる欲に、ようやくかすかに息の上澄みを取り戻しかけていたおれは、なにやらもぞもぞとしてはこちらへと手を伸ばしてきた彼に、ようやくくちづけをくれるのかと浮かんだ期待を裏切られることとなった。
「……コラさん」
 コラさん。すきだ。屑籠に放られる残滓。ベッドサイドからひったくられた「理性」が、若い情熱に手早く被せられては、またもやこの脚が持ち上げられる。ひゅ、と鳴る喉、待て、だめだ、もう、そのどの単語もひとつも音にできないまま、再び彼と身体が深く、交わっていく。
(──冗談、抜きで)
 しぬかもしれねえ。軽く飛びかけた意識が、腹上死、というろくでもない単語を土産に戻ってくる。彼もまたほとんど忘我の境地でいてくれているのだろう、容赦なく、前のめりにがっつかれる粘膜に、掴みかけていた呼吸が見事にすり抜けていく。ろくに酸素の届かぬ脳が、それだけに余計、感覚を過度な刺激だけに集中させ、あまい迅雷がとめどなく、身体の芯を駆けめぐる。音が遠ざかり、耳鳴りがする。収縮しきりの右腿の筋肉に、差し込むような痛みが走る。訴えようにも出ない声が、暴れようにも力の入らぬ腕が、なんの役にも立たぬと手をこまねいているうちに、またざぶりと、意識が暗がりの海に沈みかけた。
(──たしか──いつか──前に)
 なにか。途切れる思考を強引に回し、記憶の抽斗をぶちまけては散らばった記録を引っ掴む。この関係にも慣れてきたころ。あまい会話の流れのまま、過保護な彼が言い出した、あの決めごと。これ以上どんな下心があるのかと揶揄するおれにも曲げず、ちゃんと設定してくれたあれは、ああ、もしかしたら、あのときからこうなるかもしれないと、危惧でもしていたのか。
(──それはそれで──かわいいな)
 この理性のかたまりのようなおとこが、いつかはおれへの愛に引きずりまわされると予見していたなんて。口端がぴくりと持ち上がる。危機的状況にあるというのに逸れた頭を、この手が引き戻そうと、うつぶせの自らの口を、鼻をすっかり塞ぐ。思い出したそれを、どうにかかたちにしようと、詰まる呼吸をこらえ、限界まで肺を追い詰めていく。揺すぶられる官能。
(──もう)
 無理だ、と、その瞬間に手を離した。反射的に吸われる酸素が、この口をわずかに働かせる。
「あ……『あられ』……!」
 振り絞った声に、はっ、と、彼が我に返る気配がした。コラさん、と、呼ばれるかすれた声にも、振り返るどころか、応えることもままならない。
「……コラさん! おい、だいじょうぶか!」
 たいそう仰天したのだろう、繋がりを解き、慌てふためいたようにこの肩を引いては仰向けにさせてくる彼が、この顔を見るなりほぞを噛むように口を引き結ぶ。なさけないほどに濡れているだろうこの頬を拭いながら、ごめん、とくちづけをくれる彼にも、いまだ瀬戸際にいるおれは、ろくに首も振れないのだ。
「……右、腿……」
「……右腿? なんだ? 攣ってんのか?」
 前か。とりあえず痛みのひどい部位を息も絶え絶えに言えば、言い当てる彼にこくりとうなずく。すればゆっくりとこちらの様子を見ながら足首を持ち、脚を折りたたむように踵を腿の横にまでよどみなく動かしてくれるのは、医者のなせる業だろう。筋が伸びる感覚に、徐々に痛みが引いていく。
「……なん、というか……」
 いまだ落ち着かない呼吸の中、唾を飲んでは、からからの口を開く。腿をさする、気後れしたような彼のひとみがおれを見る。
「……センゴクさんに……怒られそうだよな」
 この、合言葉。セーフワード、だっけ。へら、と、胸を上下させながらもわらってしまったものだから、彼は困惑したのだろう。コラさんが決めたんだろ、と、複雑な表情のまま突っ込んでくれる彼がいとおしくて、泥のように重い腕を持ち上げる。聡明で、なんでも万が一を考え行動する彼は、おれに対してはことさら心配性で、倒錯に走るわけでもないというのに決めておこうと口にした「合言葉」は、きっと自分自身すら警戒したがためのものであったのだろう。おずおずと、彼がこの身に触れる。腕から肩を、頬を、ぐしゃぐしゃの髪を、いたわるように押し撫で、梳いては整えて、そうして、額に接吻を落としてくれるのだ。
「ごめんな、コラさん」
 きつかったな。額が触れ合って、彼の低いささめきが、やさしく耳をくすぐる。首を振り、だるさに任せるまま腕を彼の背に回すと、彼もまた片腕をこの背に伸ばしては、この息をなぐさめるようにそうっとそこをさすってくれる。表面の冷えた皮膚に彼のぬくもりが沁みる感覚に、じんと胸がとける思いがしたおれは、なにやら急に、どうしたとて、あまえたくなってしまったのだろう。
 ロー。至近の黄金に、上目で見惚れる。
「キスして……ぎゅっとしてくれよ」
 それが、いちばん、安心する。汗のにじんだ頬を指の背で撫ぜ、いつまでたってもやんちゃな黒髪に指を差し込む。なぜだか、どこかなきそうな顔をした彼は、心底ほっとしたように、ああ、などと息つきのような返事をしては、やっとのことでくちづけをくれるのだ。引き寄せられる背の、その腕の力の強さにも、精神の隅々までもが満たされていく。
 気持ちよかった、と、そうまどろみに浮かんだことばは、彼にまた難しい顔をさせてしまいそうで、ひとまずはこころの中にしまっておくことにした。

濡れても先に傘

2024.06.05

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