誘惑と籠絡 | ナノ


※転生現パロ(26歳×39歳)
※キスの日



 長椅子の中心に腰かける、彼の脚の間に尻を置き、行儀もわるく肘掛けに背を預けるように横たわる。おれに抱きこまれてくつろぐのも、毎回となると気に入らなかったらしい彼が、先日編み出したのがこの体勢である。おれの巨体に合わせた家具を揃えているとはいえ、膝から先は長椅子から飛び出しているし、折り曲げた身体は多少窮屈ではあるが、背が痛かろうとふかふかのクッションをよこしてくれたり、時々ちょっかいをかけてきてはいたずらに笑むその金のひとみが、いかにもうれしそうにこちらを見下ろしてくれるものだから、これはこれで、とすっかり満喫している自分もいる。
 右手をつなぎ、左手で携帯端末をいじってはとりとめもないニュースを読む。彼は彼でなんとはなしにテレビを見ているのだろう、時折、甲をさする親指の感触が心地よい。
(おっ……)
 今日の日付にまつわる雑学の記事が目に留まる。ページを開き、つらつらと綴られたその内容に、おれはふと、端末越しにこっそりと彼の横顔を覗いていた。行事やイベントにはさして興味がないという面をしておきながら、誘えばなんだかんだとつきあってくれるのがこの青年である。それだから、普段から調子の良い彼の友たちにもよく慕われているのだろう。
(……この際、たっぷり惑わせてやろっかなァ)
 いつだって冷静で、割り切ったくちぶりで時折毒さえ吐く彼が、どうにもおれに対しては、この胸を尊重してくれているのか、真正面から見つめてはすこし角の取れた語気でことばを返してくれる。どうやら、おれが彼にとっての、いわゆる特別──四十も目前のいいおとなが自分で言うものではないことはわかっている──であることはまちがいないらしく、それは実際本人から口酸っぱく、おれがわかったからとわめくまで教えこまれたのだが、現実、すこし上目遣いをしただけで動揺したように珈琲を気管に入れた彼を目の当たりにすれば、おれだって堂々とうぬぼれずにはいられないだろう。そうして完成してしまったのが、彼に限り、そうとばれないようなさじ加減で、ひっそりとかわいこぶっては恋人の反応をたのしむロシナンテである。わるいおとなであることは自覚しているが、存外に良い反応をする彼がかわいらしいのがいけない。ああ、ちゃんとそのあと背をさすったり、きっと無意識であろうものほしげな目に応えたりと、彼にも利があるのだからゆるしてほしい──無論、仕事仲間にはとうてい見せられた姿ではないが。
 とかく、今日もまた、彼を軽く、からかってやろうと思ったのだ。端正な、触れれば切れてしまいそうなほどの鋭さを宿したかんばせが、端末を下ろしたおれに、ふと、こちらを向く。
「なあ、ロー……」
 すこしあまさを含ませた声で、頭の位置は変えずに眼球だけを持ち上げる。伊達に前世で潜入調査員を務めていたわけではない。流れるように合う視線を、わざと恥じらいにぶれるように逸らし、いまや口紅は塗っていないものの、彼のすきなくちびるで、さあ本題、と移りかけた、そこに、差す影があった。
(……あれ?)
 なんだか、顔が近いような気はしていたのだ。彼の顎髭が、食む動きに合わせて顎に触れる。つないだままの右手、くしゃりと髪を、頬を撫でるのは彼の右手だろう。ちゅ、ちゅ、と、間抜けに泳ぐくちびるに、いかにもいとおしげにくちづけてくれた彼は、ひとしきり愛でおわったというように、どうした、などと、いまさらになって問うてくるのだ。
 烏羽のまつげの下、燦然としたひとみが、こんなおれのわざとらしいあまさより、何千、何万倍も、あまくとろめいて、おれだけを映している。焦がれるほどのその熱が、奔流のように、ばかばかしいおれのはかりごとを、この胸ごと燃やし尽くしていく。
 ああ、と、嘆息が口から漏れた。
「負けだよ、ロー……おれの負けだ」
「……あァ? なにが……」
「でもよ、言わせてくれたっていいだろォ」
 今日はキスの日だ〜、ってさ。怪訝に眉を寄せる彼の理解も追いつかぬうちに、重ねて文句を言えば、しかめつらしい顔のまま、ぱち、ぱち、とまばたきをするのがおもしろい。はてさてどこまで察したのだろう、は、となにか思い当たったらしい利口な彼は、途端、ややもばつがわるそうに、それでいておもはゆそうに、いや、その、と、こんなことを言うのだ。
「……してほしいのかと思った」
 まあでも、ある意味、合ってたな。にや、と、不敵な笑みを浮かべたのは、きっと愉快さが勝ったからなのだろう。してやられた気分に、そうだけどよ、と口を曲げども、くつくつとわらいながら、なだめるようなくちづけをもらってしまえば、おれだってそれ以上、だだをこねるわけにはいかないのだ。まったく、先読みをするなんて、風情がなくていけない。
「……ベッドに行くか?」
「だから読むなって……」
 おかしそうなささめきに、ひっくり返った声で返しては、熱い顔をその首筋に隠す。コラさん、と、いとおしいものを呼ぶ声音がふるわせた鼓膜に、おれはただただ、すっかりおとなしくなってうなずくことしかできなかった。

誘惑と籠絡

2024.05.24

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