とけぬまじない | ナノ


※転生現パロ(26歳×39歳)



 先生、すごいね、魔法使いみたいだね。手術後の経過を見せに訪れた幼い患者は、さぞかし調子が良くなったのだろう。健診の後、きらきらさせた目でそんなことを言われるのに、ああ、よく言われる、と苦笑する。医療は魔法とはほど遠いが、この子がそう信じることで回復への追い風になるのなら、理屈じみた否定は野暮というものだ。
「だが、くれぐれも、まだはしゃいでくれるなよ」
 きみの言う「魔法」がもし解けちまったら、二度はかけてやれねえ。わすれずに釘だけは刺しておけば、こくこくとうなずくいとけなさがおかしい。深々と頭を下げて診療室を出ていく母親とその子を見送って、入力した処方箋を転送していたおれは、扉の外から大音量で聞こえるこどもの声に、思わずわらいだしてしまっていた。
「トラファルガー先生、かっこいいねぇ!」「こら、静かに……」
「先生はぼくにとっての魔法使いだけど、先生にとっての魔法使いっているのかな!」
 思ったよりは、理想と現実の分別がついていた子であったらしい。聡い子にずいぶん失礼な真似をした、と、椅子から立ち上がり、がらり、扉を開けてやれば、ぱあ、とかがやくちいさな顔と、さあ、と顔を青くする母親が一斉にこちらを見上げくる。
「……いるな。ひとり、だいすきな魔法使いがいる」
「やっぱりいるの!」
「ああ。そのひとは、どんなにねむれない夜でも、静かに、やさしく、音を消してくれるんだ」
 こんなふうに。かがみこみ、こどもの口の前で人差し指を立てて、しい、と歯の間から息を漏らしてやれば、これ以上ないほどの興奮を目に宿しながらも、こどもは口を両手で塞ぐのだ。おだいじに、そう告げれば、今度はかすかに赤面した母親が、また頭を下げて席へとこどもを連れていく。数人残っていた待合室の患者たちも、咳払いをしたり目を明後日の方向へ向けていたりしていたが、この両手の「魔法」を頼りにしているのならば、それを保たせてくれているやさしい「魔法」のことも、当然知っておくべきだろう。──ああ、ばかなことを言っているとは、重々承知している。
 数時間後、看護師から顛末を聞いたらしいおれだけの「魔法使い」に、苦虫を噛み潰したようなあかい顔で、だまって額を指で弾かれたのは、ここだけの秘密である。

とけぬまじない

2024.05.17

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -