閑話 | ナノ

※転生現パロ(26歳×39歳)
※ローコラ版マンスリーお題様の4月度のお題「くだらない話」をお借りして一本



 しゃき、しゃき、と、手慣れた手つきが伸びた髪を落としていく。町の美容室に勤めている、キャスケット帽にサングラスといった風体が標準のこの青年は、いまや恋人となった「彼」の友人である。前世では子分であり船員でもあったということだが、よくよく話を聞くかぎり、実に信頼できる親友といったところなのだろう。隣接する喫茶店には、同じく友人であるペンギンという青年が勤めており、「彼」はいま、そこで時間を潰している。
「まったくよお、一緒に来るんなら、あいつも切ってもらえばいいのになあ」
 わざわざ別の日に予約するくせに、おれが行くときはなんだかんだついてくるんだよ、あいつ。ダッカールピンを留め直しては調子良く鋏を進める青年に、そんなとりとめもない話をすれば、ああ、そういやたしかに、と大きいうなずきが鏡越しに返される。
「あんなにラブラブなのに、ばらばらに来ますもんね」
「ラ……、まあ、ウン」
 ついおおげさに尻を浮かしてしまいそうになるのを、危うくこらえる。それでなくとも、席を囲うような形の踏み台に乗って鋏を扱ってくれているのだ。足を踏み外させて怪我でもさせたら、ドジどころの話ではない。纏っているカットクロスに毛束が落ちた。
「なんですかねえ、なんか、あれかなあ」
 一定以上の図体の客には押し並べて同じ対応をしているのだろうが、建設現場でシートに包まれたマンションの気分というのはこういうものなのだろう。手早く櫛と鋏を踊らせながら、青年が間の伸びたことばを紡ぎ出す。相方と似た調子のようでいて、相方よりもやや迂闊であったり、思考が口に出やすい印象があるこの青年に、どことなく親近感を覚えてしまっているのは秘密である。
 あれですよ、あれ。無為な指示語を繰り返す青年に苦笑が漏れそうになった、その瞬間、飛び出してきた台詞に、表情の行き場がわからなくなった。
「さわられたくないんじゃあないですかね、知らねえやつに」
 ロシナンテさんの髪を。こともなげに、そんなことを口にしては、指で挟んだ前髪をぴんと伸ばして鋏を入れた青年が、鏡を一瞥したとたんに破顔する。
「ハハ、すっげえ顔してますよ」
「……おっさんをからかうんじゃあねえよ、まったく」
「からかってませんよォ。ローさん、実際そういうとこあるでしょ?」
 ガードがかたいというか、案外、縄張り意識が強いというか。へらへらとしながらも、本質を突いている青年に、ぐうの音も出ず口を曲げる。たしかに、彼は文句を言いつつもわりあい世話を焼いてはくれるし、むしろ、いっそ過保護な面もあることは否めない。ここの美容室を紹介してくれたのも彼であるし、無精しがちなおれに代わって、定期的に予約を入れてくれているのも彼である。
(……あれ?)
 ふと、首を気持ちだけかしげる。青年の言っていることが、万が一にも正として、しかしそれだけでは、彼が一緒に来店しない理由にはなりえないのではないか。おれが青年に切ってもらえばいいだけの話であるのなら、彼はほかの美容師に切ってもらえばいいのだから、別に同じ時間に予約を入れても差し支えはないはずではないか。
 こだわりが強い質の彼を、頭に思い浮かべる。仏頂面で、すこし伸びた黒髪を、すきにまかせながら、興味がなさそうに、しかし時折わらっては話に応じている
いや、わかったぞ」
「お、なにかわかったんですか?」
 前髪を整え終え、全体の仕上げにかかっている青年が、ほとんど興味も飛んでしまったような相槌を打つ。シャチくん、とわざとらしく呼んでやれば、おもしろそうなものを見る視線がサングラスと鏡越しにおれを捉えた。
「ローも、おまえに切ってもらいたいんだよ」
 なんせ、シャチくんはひとりしかいないからねえ。わざとらしく名探偵を装って、勢いでぴんと立てた人差し指を持ち上げれば、ばさりと跳ね上がったカットクロスが金髪の残滓を舞い上げるのにあわてふためく。すまん、ドジった。なすすべもなく謝るおれにも、動きもしなければ返事もしない青年に、よもや怒らせてしまったかと、鏡を見る。
 ぽかんと、口を開けたまま、じわじわと赤面している青年が、そこにいた。
「……『すっげえ顔』だなァ、シャチくん!」
「あ……ハハ、やべえ」
 すみません。おとなげもなく意趣返しをしてしまえば、真っ赤になったままの顔で頭を掻いては、素直に謝る青年がかわいらしい。きっと、心の底から彼のことを慕ってくれているのだろう。いやあ、なんだろう、ほんとうにそうだったら、めちゃくちゃうれしいなあ。鋏もおろそかに、そんなことを口走る青年に、ほんとうだって、と、撫でてやりたいような心地をことばに乗せる。
「おれにわざわざついてくるのだって、喫茶店に行くための口実だよ」
 あいつだって、おまえらに会いたいんだ。彼に、これほどまでにこころを通わせた友がいることに、おれまでもが胸をとかしてしまいそうで、すこしばかり鼻をすする。青年などはずいぶんとこころを揺すぶってしまったのだろう、こくこくと、もはや声も出ないのか、ただうなずくのを繰り返しながら、おぼつかなさそうに鋏を操るのだ。
(生きててよかったなあ、ロー)
 こんな宝物、そうそう手に入らねえぞ。すっかり静かになってしまった青年をほほえましく見つめながら、過酷な、苛烈な道を歩んだであろう前世の彼を思う。ひとりにしてしまったと思っていたそのそばに、あたたかなこの子らがいてくれた僥倖は、おれにとっても救いのようであった。
 彼が待つ喫茶店の席に着いた瞬間、いつ聞いたのか半泣きの様子のペンギンが、ハート型のペアストローが刺さったクリームソーダを置いていったのは、また別の話である。

閑話

2024.04.30

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