ミリオンダラー | ナノ


※転生現パロ


 色素のうすい、仄白い肌に、ゆるやかに癖のついたホワイトゴールドの短髪が、日に焼けたこの指を透かして見せる。かつてはルージュに隠されていたくちびるをそっとついばめば、くすぐったそうに虹彩の狭い紅玉が細まった。ふふ、と漏れる声とともに、長いながい指に生え下がりを、顎髭をなぞられて、告げよう告げようとしていた声が裏返る。
「ロ、シナンテ」
 さん。とうとう言い切ったというのに、とっさにそう付け加えてしまったのは、普段の愛称の癖か、彼があまりにも意表を突かれた顔をしていたからか。浮いた薄い眉が、次第にくしゃりと寄る。むずむずと口許をふるわせるそのさまに、思わず羞恥があふれ、わらうなよ、と文句を言えば、ぶは、とかえって噴き出させることになってしまった。
「いや……いや、ごめんな。あんまり、おまえが……」
 かわいくってよ。ゆるみきった頬にじんわりとあかく喜色をはじけさせ、いまにもとろけてしまいそうなあまいまなざしが、おれの胸をいっぱいにさせる。けしておれを見くびっているわけではないのだとわかってはいるものの、追いつけぬ口惜しさと、再三仕掛けても穿ちきれない彼のハートにいらだちまでもがこみあげて、舌打ちをせずにはいられない。
「そんなにおこるなよ」
「おこってねえよ、べつに」
「それをおこってるって言うんだよ」
 いつまでたってもでかい両手が、熱いこの頬を包んで、その硬さをほぐすようにすきにしてくるのに、自然と口がへの字に曲がっていく。それすらなだめるように、彼がくちづけをくれるものだから、まったく、おれはよっぽどこどもじみているのだろう。ロー。いつまでだって聞いていたいやさしい呼び声が、この鼓膜をそっと撫でる。
「呼びにくけりゃあ、ロシー、でもいいぜ」
「……あいつとかぶるだろ」
「ああ……まあ、そりゃあそうか」
 おれも、呼ばれるたびにドフィがちらつくだろうしな。くつくつと、いかにもおかしそうに広い肩を揺らしながら、かわいがるようにこの髪をくしゃくしゃにしてくる手に、それが恋人にすることかと思いつつも、彼ときたらふわふわと途方もなくしあわせそうにわらっているものだから、おれはもう、これ以上の苦情のひとつも言えなくなってしまうのだ。
(そりゃあそうだ、だって、おれは、いつだって)
 あんたに、そうやって、わらってすごしてほしかったんだ。薄くかたい頬に手を伸ばす。くるくると跳ねる癖っ毛の中、うずもれた耳を指の腹でさすれば、見つめすぎたせいか、すこしばかり泳ぐ双眸がいとおしい。コラさん。ああ、やっぱり。
「こっちのほうがいいよな」
 あんたがいちばん、よろこんだ呼び方だもんな。こつりと額を合わせ、彼のよく通った鼻筋と鼻を擦り合わせては、かすかに乱れた呼吸を吸いこむようにくちびるを塞いでやる。寝る前の一服でもしていたのだろう、やわくぶあついその舌が、煙く苦い。彼の命を蝕む嗜好品の残滓が癪で、なれば拭い去ってしまおうとその首筋を引いてより耽っていたおれは、ん、んん、と、もの言いたげに唸る彼にしかたなく食んでいた舌を離した。
「……気が、変になっちまうよ」
 でっかくなったおまえに、面影を見ちまうと。片手で口許を覆い、じんわりと顔に血色を乗せてもごもごとそうこぼす彼はきっと、ほんの半年ばかりの、されどなによりあざやかだったあの旅を思い出していたのだろう。どうしたって穢すことなどできやしない、とかたくなに首を振るこまりはてた顔をあの手この手で口説き落とし、二十も半ばを過ぎてやっと、晴れて恋人の座を得たものの、彼はといえばまだ時折、抵抗が生まれてしまうらしい。
(そんなあんただから、だいすきなんだがな)
 いじらしく巨体を丸め、だまりこくっている彼に、とけておちてしまいそうな頬を悟られぬよう口を結ぶ。その顔が、ふと持ち上がったのは、おれが彼の名を呼びかけたときのことであった。
 ロー。あかい上目のまなざしに、くぎづけになる。
「……もし、おまえに、ロシーって呼ばれたら……」
 もっと、おかしくなっちまうかもしれねえな。かすれた声、いまにもほつれそうな語調のくせをして、わずかにそこに滲む、やわらかな誘惑。隠したままのその口許は、はたして真面目くさったかたちをしているのか、それとも、かつての化粧のようにほくそ笑んでいるのか。
「……コラさん、あんた、ほんとうに」
 ずるいおとなだよ。ひっくり返ってしまいそうな声を押さえつけて吐き捨てたおれは、愉快そうに下瞼を反らした彼のおねだりを叶えるべく、その髪の裾から覗く耳たぶへと口唇を寄せた。

ミリオンダラー

2024.01.21

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