まどろむ宝石 | ナノ
※転生現パロ
胸の奥を、するりと触れられるような感覚に目が覚めた。薄目を開ければ、暗幕の隙間から漏れた一筋の月光が、隣でねむっていたはずの彼の手元を照らし出している。
「……それ、おれの心臓?」
四角く切り取られたあかい臓器が、身を起こした彼の手に、だいじそうに包まれている。前世から魂を引き継いだ拍子に異能まで持ち越してしまったとはいえ、家族やおれとの平穏な日々のためならば、と、ほとんど使うことのなかった力を、どうしてまたこんなところで行使しているのか。眠気にぼけた口が、水分の欠けた声を出す。彼はこちらを振り向かなかった。
「……コラさん、誕生石、ルビーだろ」
低くやわらかい声が、脈絡もなくことばを紡ぎ出す。さては彼も寝ぼけているのかと、文字通り穴の空いた胸に指を入れて遊びながら相槌をうつ。たくましく伸びやかな彼の背筋が、呼吸と発話に合わせて揺れている。
誕生石とか、石の意味なんざ、だれかのこじつけだとはわかっているけどよ。ルビーには、情熱とか愛とか、自由って意味があるらしい。
「……なら、コラさんの心臓は、ルビーでできているんじゃあねえかって」
そう思ったけど、そんなわけなかったな。時折、親指で命を撫でられる感触が、首筋を逆立てる。とほうもなく飛躍しているようで、彼なりに一貫性のある話をしているつもりであるのだろう。まるで御伽話のような発想に、論理的なはずの彼のおれに対する認識が心配になるものの、ああ、どうせたしかめたところで、深い深い愛を滔々と語られるばかりであるのだ。それもこれも、不器用なりにただただ彼を救ってやりたかったこの手が、なにか余計な種を彼の胸に蒔いてしまっていたせいかもしれないと考えれば、罪な、酷なことをしてしまったと、思わなくもない。
「心臓、交換しちゃうか?」
「死ぬぞ」
医学的に無理だ。急に冷静な視線で振り返る彼に、そこは現実をゆずれないのかとおかしくなる。まあ、できたとしても、おれのは使い古してるからなあ。喉を鳴らしながらそう言えば、くらがりの顔が、なにか合点がいったように口角を上げた。そうか、そうだな。
「コラさんの寿命に近づけるなら、わるくない」
そっと、心の臓をこの胸に戻しては、細められる金糸雀色のひとみが、おれだけを映す。置かれたままのその手のひらにはきっと、この鼓動の変調などどうせ筒抜けであるのだろう。わずかに浮く眉、深まる笑みに、してやられた心地になって熱い顔をしかめる。
「ばかなこと言ってねえで、さっさと寝るぞ」
そんなだから、いつまで経ってもくまが取れねえんだ。ぐいと手荒に頬を両手で挟み、目の下をなぞって説教じみた台詞を吐いたところで、彼にはなんだって砂糖菓子になってしまうのだろう。まったくもって、どうしようもない。見つめあうくすぐったさにすぐほだされて、ゆるんだくちびるを許してしまう、おれもまた。
「……こんどは、おまえの心臓を見せてくれよ」
オパールでできているかもしれないからよ。頬を寄せてくる彼の耳に、そっとささめく。ふは、とおさなげにわらう彼の幸福を、この目で眺めていられることこそ、おれにはいっとうしあわせなことであった。
まどろむ宝石
2024.01.19