ショコラーデはいかがでしょう | ナノ



※現代パロ
※セツエドロクがルームシェア
※ロクセリ前提



 なにがかなしくて、おまえなんかにつくってやらなきゃあいけないんだよ。なんだよ、おまえはいいじゃあないか、どうせうるわしの彼女からもらえるんだから。いやそうだけどさ、それにしてもおかしいだろ、そんなにほしいのならセッツァーにでも頼めばいいだろうが。彼は女性じゃあない。いや、おれだってそうだよ。部屋の向こうから響く同居人のかしましい声に目を覚まして時計を見れば、昼飯の時間はとうに過ぎていた。昼夜逆転した身体をほぐすように伸びをして襖(おれの部屋は和室だ)を開けた瞬間、鼻をつく甘ったるい香りに、思わず顔をしかめて騒音の源である台所を見遣る。
「……なに、してる」
「やあセッツァー、おそようってやつだね」
「おいセッツァー、こいつをどうにかしてくれよ……」
 ご丁寧にエプロンを着けて菓子づくりに励んでいるらしいふたりが、口々に言葉を飛ばしてくるのに、うんざりとしながらもがんばれや、と適当にうなずいてやる。日めくりの七曜表はやはり菓子会社の陰謀の日を示していて、そう経たないうちにロックが彼女のもとへ出かけるのであろうことは容易に想像できた。しかし生来甘いものはさして得意でないおれにはたいして関係もない日だ。眠気の残る目を擦りつつ邪魔な髪を後ろでくくり、こたつに寝転んで新聞を広げれば、ああやっておっさんというものができていくのだ、などと茶化す声が聞こえた。
「……昼間からいそいそ台所に立ってるおまえらには、言われたくねえがな」
「そういうことを言うのかよセッツァー! そもそもおれは、エドガーに無理矢理にだな……!」
「だれにももらえないさみしさを、こうして涙ぐましく自分で作ることで紛らわせているんだ。それくらいわからないのか!」
「いやだから、それになんでおれまで巻き添えにするんだよ……」
 倍になって返ってくる文句と愚痴を適当に受け流しながら、運のわるいことに金髪の彼は今日用事がないらしいといまさらになって気づく。仕事でも入れてしまえばよかったものを、とため息をついて重い腰を上げ、とかく昼飯をと彼の隣に立てば、突然口になにかを押し込められた。
「ガトーショコラだよ」
 きみの好みには、合うはずだけれど。口腔に広がるひかえめな甘さとすこしの苦味に、わるくないとうなずいて咀嚼する。してやったりとわらう彼の向こうで、トリュフチョコレートを作っているらしいロックが、ほとんどおれがやったんだろうが、と吠えた。
「ガトーショコラにトリュフにブラウニーにザッハトルテなんて、いくらおれがセリスに作らされてるからって!」
「ほう、それは初耳だな」
「便利だろう? これからは店よりロックにしよう」
「そうだな、よろしく頼むぜパティシエさんよ」
「……今日はもう帰ってきてやらねえ」
 おまえらの飯なんかつくってやるもんか。完全に臍を曲げてしまったようで、ロックはいじけたように再びころころとチョコレートを丸めはじめるのだ。笑いを噛み殺しながらもうひとつ、とガトーショコラに手を伸ばそうとすると彼にはたかれる。あとで。そうやわく動くくちびるに、おれは肩をすくめて背後の冷蔵庫にもたれかかった。
「……そういや、チョコレートって媚薬なんだっけか」
 ふと脳裏を掠めた噂を思い出してつぶやけば、期待を裏切らずロックがぴくりと肩を揺らした。それににや、とひとのわるい笑みを浮かべた彼が、そうだなと思案するように首を傾ける。
「昔でこそ、そう思われていたみたいだけれど。いまはどうなんだろうか」
「さあな……もしほんとうに媚薬だとすれば、女がもっと恐ろしいいきものに思えてくるがな」
 なあ、ロック。揶揄の色を全面に出して言ってやったというのに、ロックはといえばはっと時計を振り返るとやばい、と血相を変えるのだ。これはもう溶かしたチョコレートとココアをつけるだけだから、あとはできるよな。それきりばたばたと出かける用意をしはじめるロックに、つまらねえのと唇を尖らせてしかたなく水の張った鍋を火をかける。なあ、セッツァー。あまえたような声が耳元で生まれ、口に丸めただけのチョコレートが転がり込んできたのは、ちょうどそのときであった。
「……おれも、おそろしいいきものなのかな?」
 舌の上でとけていくあますぎるそれが、いたずらにおれをまどわせる目の前の彼と重なるような気がした。今日という日を空けたのはおれのためだと、うぬぼれていいのだろうか。さて、どうだろうな、さざめく内心と彼にそうささやいて頬を撫でた瞬間、行ってくる。雰囲気を切り裂くようなロックの快活な声が玄関から聞こえたものだから、おれはその倍の声量で返してやった。
「今日は帰ってこなくていいからな!」
 それを応援と捉えたか、脅迫と捉えたかは、わからないが。

ショコラーデはいかがでしょう
(帰れるわけがない!)


バレンタインのおはなしでした。


2012.02.14



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