『こんにちは』
滝内と初めて顔を合わせたのは去年の9月。
他の学年で英語を担当している先生に滝内という人気の高い人がいると噂で聞いたのとはあったが、中高一貫の生徒も教職員も多い学校だったから、実際に顔を合わせて、滝内という名前が彼の顔と合致したのはこれが初めてだった。
『産休を取られる担任の先生に代わり、英語を教えることになった滝内です。よろしくね』
第一印象は、柔らかい。
お洒落な、だが、社会人としての域を越さない落ち着いた茶髪。垂れ気味の優しい目は生徒の一人一人をしっかりと見据えていて、教壇の上にいるのに嫌な距離を感じさせなかった。
教師としてはあまりにも若い人。それこそ私服に着替えれば少し年上のお兄さんという感じで、だが、まだまだ暑い9月でもきっちり着ているスーツから真面目な人柄が窺えた。
年の近い、真面目なお兄さん。
それが初対面で滝内に抱いた印象。
高校の時の、特に高二から滝内に出会う前の俺はなんというか、…少しすれていた。子供から大人へ変わる時の思春期みたいな。
進学校と呼ばれる高校でまずまずの成績を維持していた。全国トップクラスには遠く及ばないが、普通の国公立大学なら充分狙えるくせにこれといった目標も志望方向もなかった。
高3の9月にもかかわらず、だ。
友達は皆目指している大学だったり、学部だったり、専門学校について語っているのに、俺はまだぼんやりと赤本を見詰めたまま。
将来設計はなんとなくできていた。
高校を卒業し、大学に入学して四年後に卒業し、会社に入って生計を立てる。だが、具体的にどの道に進むか全く未定だったのだ。
そんな時期に滝内が英語担当になった。
産休を取った先生は偶然にも俺のクラスの担任で、滝内は英語の先生だけでなくクラス担任も兼任することになった。
そこで必然的に進路面談が予定され、残暑が少し薄れた秋頃、放課後の教室で何も記入していない俺の進路希望調査票を持ち、滝内が唸っていた。俺は窓の外をぼんやりと見ていたが。
『高野、真っ白なんだが?』
『…名前くらい書いただろ』
『名前って、…お前なぁ…』
呆れた控えめな溜め息。
だが、滝内は高い偏差値を要する大学を進めてくるわけでもなく、進学率を気にして保守的な大学名を出すわけでもなく、俺より年上の大人としての顔で静かに俺に話してくれた。
その時の言葉を俺は一生忘れない。
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時が経ち、記憶が薄れ、
俺はついにあの頃に向き合う決意をした。