「あら、早いね。おはよう」
30代半ばの優しい印象の女性。
八長先生は肩につくくらいの黒髪を耳にかけ、微笑む。左の目尻に泣きぼくろ。子供が産まれたためか、以前俺達の担任をしていた頃よりも柔らかく、充実しているように見えた。
「おはようございます、八長先生。本日から3週間、よろしくお願いします」
「えぇ、こちらこそ」
クスッ、と八長先生が笑う。
「それにしても感慨深いわ。高野くんが戻ってくるなんて、それも教師として」
「意外ですか?」
「そうね。私が教えていた頃はまだ志望先決まってなかったでしょ?滝内先生から聞いていたけど、実際にこうして見ると…」
滝内先生。
その名前に心臓がドキッとする。
ときめきというよりも緊張で、名前を聞いただけで鼓動が加速していく。これで会ったらどうなるか、俺には想像もつかなかった。
(落ち着け。緊張する理由なんてない)
そうだ。告白をしたわけでも、断られたわけでもない。確かに滝内とは随分長く会っていないが、最後に不仲になったわけでもない。
会って困る要素なんて一つもないんだ。
なのに、心臓が忙しなく動く。
それを八長先生に悟られたくなくて、変な間を生み出さないように言葉を繋いだ。だが、実際は心臓の鼓動が痛いほどで、ドク、ドク、と耳にまでその音が聞こえてきそうだった。
「こう見えて、なんですか?」
「立派になったわね、って。高野くんのスーツ姿、とても様になってて格好いいよ」
「ありがとうございます」
これは素直に嬉しい。
高校時代、八長先生にはとてもお世話になった。卒業式こそ式に出られない八長先生に代わって担任として滝内が出席したが、文系だった俺は2年半ずっと八長先生のクラスだった。
確かに滝内からたくさん教わった。実力は申し分なく、クラスメイトの多くは第一志望や納得のいく進路を手に入れたし、俺が教師を目指したきっかけも滝内だ。淡い恋もした。
だが、それでも八長先生と最後まで高校生活を送れなくて残念だと思う節もあった。
八長先生は俺が尊敬する先生だ。
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時が経ち、記憶が薄れ、
俺はついにあの頃に向き合う決意をした。