同居している恋人なのか。
それとも既に結婚しているのか。
どちらにしろ俺の告白が無駄なもので、決して結果が得られないと確定した。俺が硬直した理由は恋人の存在だけじゃなかった。
『ううん、待ってるね』
恋人の声が俺に似ていたのだ。
性別が違うからある程度の差はある。だが、微妙な声の響きが本当によく似ていた。
そこでハッとした。
滝内が俺にだけ特別優しかったのは決して気のせいじゃなかった。容姿は分からないが、少なくても俺の声が恋人によく似ていたから滝内は俺にとても優しくて、贔屓していたのだ。
恋人の代わりにされていたんじゃない。たぶん、反射条件みたいに無意識なものだ。
滝内でさえ自分の優しさに気付いていない。
なら、彼女に似ている俺にだってあんなに優しくできるなら、彼女本人をどれだけ好きなんだろう。俺の告白なんて結果が出ないどころか、滝内を困らせてしまうだろう。
ギュ、と拳を握り締めた時、さらに言葉を少し交わしてから滝内が通話を切った。
「ごめん、高野。…で、話って?」
好きです。そう言うつもりだったのに。
「あー、その…、」
心が痛い。軋んで、悲鳴を挙げるんだ。
報われないことは知っていた。滝内は友達と言っているが、教師と生徒という関係から実は踏み出せていないかもしれないし、倫理観の強いこの人がいい返事をくれるとも思えない。
だが、それでも少しだけ期待していた。
なのに、よりによってこのタイミングで恋人か妻がいることを知ってしまった。
あっけないような、切ないような、苦しいような。言いようのない感情が胸の中で渦巻いて、この場に滝内がいなければ今すぐにでも泣いてしまいそうだ。耐えたのは矜持だった。
ひらり、と枝から離れた桜の花びら。
口から出てきたのは全く違う言葉だった。
「滝内、英語教えてくれてありがとな」
あっけなさすぎる片想いの結末。
それが今から3年と少し前の話。
高校の卒業式を終えた3月16日金曜日の夜。盛りの危うい桜の花びらと共に、俺の片想いは告白することなく散っていったのだ。
(act.0 epilogue 終)
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時が経ち、記憶が薄れ、
俺はついにあの頃に向き合う決意をした。