それは最後の英語の授業の時。
カツン、とチョークを黒板の溝に置いた後、滝内が振り返って言った言葉だった。
『これがお前達の最後の英語の授業だ。進路が決まっていない者も多く、卒業式もまだまだ遠いが、じきに俺はお前達の担任じゃなくなる』
そうだ、卒業してしまえば。
教え子であることは変わらないが、今まで通りに授業を受けることも、学ぶことも、言葉を交わすこともなくなってしまうだろう。
『だから、卒業式まではお前達の担任で、卒業式を終えた後は友達になりたい』
教室に響く心地良い声。
『対等な友達としてお前達と付き合いを保っていきたい。…だから、困ったことがあったら遠慮せず電話とかメールとかしてこい』
卒業式のあとは友達関係になる。
『自慢の生徒だ』は過去形になり、生徒に手が出せないという倫理観に囚われなくなるかもしれない。つまり、卒業式さえ終えてしまえば、告白の成功率は上がるかもしれない。
本当に成功するとは思っていない。だって、滝内みたいな大人の男が俺みたいな年下、しかも同性に振り向くとは思えない。
だが、せめて想いを告げたかった。
それに、他の生徒よりも俺に優しいということに、少しだけ期待していたのだと思う。
受け入れられて何がしたい、とか分からない。恋人みたいな事も想像できない。ただこの胸の高鳴りをなんとかしたいだけの、ひどく子供っぽい恋心。あまりにも淡い想いだ。
で、俺は打ち上げで告白する決意をした。
卒業式が終わって初めて会うこの日、俺と滝内の関係はもう生徒と教師じゃないんだ。
「あ、滝内もう近くまで来てるって。俺ちょっと迎えに行ってくるな」
「おー」
と言って店を出る。
本当は早く滝内に会いたいし、少しの間だけでいいから二人っきりになりたい。マフラーを巻いている間も気持ちが焦ってしまう。
告白は帰りにする予定だ。
だって、最初はとても恥ずかしいから。
[ 10/21 ]
prev /
next
[
mokuji /
bookmark /
main /
top ]
時が経ち、記憶が薄れ、
俺はついにあの頃に向き合う決意をした。