滝内は俺に優しかった。
いや、滝内はどの生徒にも優しかったが、特に俺には優しかったと思う。恋に落ちた生徒の馬鹿な妄想とかじゃなくて、本当に。
真冬の2月、前期試験の日。
電車を乗り継いで、志望大学に着いて、ふと何気なく携帯を見たらメールが来ていた。家族からでもなく、友達からでもなく、まさかの滝内からでとても短い簡潔な三文字だけだ。
『頑張れ』
たったそれだけ。
だが、その三文字がどれだけ俺の心を温めて、どれだけ勇気をくれたか、滝内はきっと知らないし、これからも知ることはないだろう。
とにかく緩む頬を抑えられずに試験を受けた。しかも、あとでさりげなく友達に探りを入れれば、『頑張れ』とのメールが送られてきたのは俺だけだったのだ。嬉しすぎる。
俺を特別扱いしているのだろうか。
そんなことを考えてしまう。
俺は前期試験に手応えを感じていた。だが、不安だと滝内に嘘をついて、前期試験の後で個別に過去問の質疑応答してくれる期間では、いつも滝内を見付けては解説を頼んでいた。
個別のブースに入って、授業よりずっと近い距離、それこそ肩と肩がくっつきそうなほどの距離でずっと解説を聞く。時間を長引かせるためにいつもわざと質問を用意していた。
滝内が俺の右に座った時、俺の手が邪魔で文字が見えなくて、ひょっこりとこっちに寄ってくる。不意に縮まる距離が、すぐ近くで聞こえる滝内の声がもうたまらなかった。
そして、合格通知を手にして。
滝内と初めてのハイタッチ。
もう手が洗えないかと思ってしまった。
結局、この恋が成就する可能性はあるのか。正直言って厳しいと思う。『自慢の生徒だ』という口癖の通り、滝内は俺を含めた全生徒をただの生徒としか思っていないのだから。
年も感覚も近いと言っても、そこは倫理観のちゃんとした大人の教師だと思う。
なら、告白はしないのか。
卒業と同時に諦めてしまうのか。
それはまた違った問題だ。というよりも、一時期は思いを告げるのを諦めていた俺を奮い立たせたのは、紛れもなく滝内本人の言葉だった。滝内はそんなつもりはなかっただろうが。
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時が経ち、記憶が薄れ、
俺はついにあの頃に向き合う決意をした。