「遠い西洋の国ではドラゴンは不吉で、恐れられていると聞く。美しい姫君をさらっては塔に幽閉して独占してしまう、と」
カツ、と彼が近付いてくる。
「それは美しい姫をだろう?」
近付いてほしくない。こんな情けない表情を見られたくない。だが、近付いてほしい。もっと傍に近寄って、叶うことなら私に触れて抱き締めてほしい。矛盾しきった複雑な感情。
「そうかもね」
カツ、と彼の足取りは止まらない。
「なら残念だったね。美しい姫は少し前に若い騎士と駆け落ちをして、もういない」
そして、ついに私の目の前に立った。
「ここにいるじゃないか」
「え?」
「君だよ、カルナダ。君はどうな姫君よりも魅力的だから。泣くのはおやめ、僕の愛しい子」
長い指が私の頬を滑る。
それはゆっくりと下から這い上がってきて、ついに目元まで達しては涙を拭う。
少し冷たい爬虫類の体温。それともバクハクと高鳴る心臓に連動して体温が高くなったこと気より、私がそう感じるだけだろうか。
「…泣き止まないなら、有無言わずに君をさらって僕しかいない場所に連れ去るよ?」
ひんやりとした手が頬に添えられた。
至近距離で見詰めてくる瞳に耐えられなくなりそうだが、素直で都合のいい私の目からまた涙が流れ落ちた。それを見たドラゴンが満更でもなさそうに笑って、優しく頬を撫でてくれた。
「あぁ、分かったよ」
次の瞬間、私は飛んでいた。
そう、飛んでいたのだ。人の姿ではなく聖獣の姿となったドラゴンの背中に跨り、窓ガラスを突き破って夜空に飛び出した。無数のガラスの破片は雷に払われ、私を傷付けなかった。
月と星が一気に近くなって、ハッと気が付いた頃に振り返れば王城の明かりは既に遥か遠くで輝いているだけだった。近付く夜の雲と耳の傍で風を切る音、そして、翼が動く力強い音。
「なっ、」
言葉が風圧に消されていく。
ドラゴンは気が付いただろうに聞こえなかったふりをして、言葉を返してくれない。ただひたすら黙々と羽ばたきを続ける彼に、ついに城の明かりは遠くに消え、見えなくなった。
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孤独が怖い、と君が怯えるのなら、
私は君と最期まで寄り添うと誓おう。