あのマークがどうしてあそこにあったのか。
一流の中の一流だった伊瀬、コードネーム鷲爪が使っていたマークだ。そこらへんの情報屋だってそう簡単に手に入るものじゃない。
あそこまで伊瀬は犯罪を嫌っていたんだ。誓って本人が流したとか、実は裏で手を結んでいたなんてことはありえない。…だったら、カジノは一体どうやってそのマークを手に入れたんだろうか。
(…誰だ、有名な情報屋でもいるのか?)
これは憶測にすぎない。
だが、ただの憶測として流せないほど、俺が警戒している事柄でもあったんだ。
伊瀬が管理していた情報に手が出せた奴。十中八九、相手にそんな奴がいる。情報屋の存在を考慮していなかったわけではないが、ここまでのレベルだとは俺も考えていなかった。
(厄介だな…)
だから、俺一人で行く。
オーナーとの面会に慧は連れていかない。
俺が全神経をピリピリ張り詰めながら駆け引きをしなければならないようなら、慧に相手ができるとも思えないし、いざという時に慧を守りきれるのかも少しだけ自信がなかった。
(慧に接待があってよかった。せめて、連れていかない言い訳になったな)
負けるつもりはさらさらない。
無二の親友だった彼のマークが勝手に使われて、冒涜されているようなら、それなりの手は打たせてもらうつもりでいる。
交渉をスムーズに行うために、狙った獲物を逃がさないために、だいぶ温くなってしまったインスタントのコーヒーを一口飲んで、俺はまたパソコンに向かい合った。準備は全て今日の夜のために。
この時、俺は気が付かなかった。
二年前に失った親友の影が気になって、今の大事な人にきちんと心が向いていなかった。
ドアが閉められていないその先の寝室で慧が眠れずにいることも、俺が呼んだ名前を聞いてしまったことも、考えてもいなかったんだ。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。