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8.


「ふは、…ックク。独り身の私の前で惚気けてくれるんじゃない。…それにしても、こんなに愛されて清宮様の恋人は幸せ者だ」

加賀美が早くも煙草を灰皿に押し付けた。

綺麗なクリスタルの灰皿に灰が散り、僅かな火がもがくように燻ったかと思うと、最後の白煙が立ち昇ってはついに煙草が捨てられた。

「いや、清宮様、もしもの話だ。そんなに真面目に返事されてしまうと私が照れる」

「で、どうしてこんな話を?」

「昨日洋画を見てね、その余韻が…」

嘘だ。

たかが映画の影響で、あんな人を食ってしまいそうな目をするとは俺には到底思えない。

慧も納得した様子ではなかったが、適当に頷いていた。とりあえずこの話題は終わったようで、緊張感から開放されて息を整えた。

だが、灰皿から燻る濁った煙が肺に入ってきて、ひどく不快だった。それはまるで首を絞める縄のように息を苦しくしていく。それに混じった上等な香水の香りも今はただ重たかった。

「さて、加賀美様、買収の話に戻ろう」

「あぁ、そうだな」

「これはこちらが制作した書類だが、不備がないか確認して頂けるだろうか」

慧が鞄からファイルを取り出して、書類を出す。そこには買収についての金額や利権譲渡への細かな取り決めが記載されており、加賀美は受け取ると素早く丁寧に視線を走らせた。

そして、しばらくしてから口を開いた。

「確かに確認した。不備はない」

「では、印鑑とサインを頼む」

慧が俺に目配せをする。

俺は朱肉の蓋を開けてローテーブルに置き、万年筆も蓋を開けた状態で加賀美の前に置いた。こうすることで加賀美はきっと俺達のものを使う。なら、十中八九指紋が手に入るだろう。

予想通り、加賀美は利き手である右手で万年筆を使ってサインした後、印鑑を朱肉に押し付ける際に左手の親指と人差し指で朱肉を固定した。

これで左右の親指と人差し指の指紋が揃った。

慧は癖だと思わせるように自然でなめらかな動作で自分の胸ポケットから別の万年筆を取り出し、サインをする。朱肉を固定する時、指先が触れた部分は加賀美の場所とずれていた。

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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。