簡単な仕事のはずだったんだ。
政府が依頼してきたのはとある組織の中に潜入し、違法行為の証拠を掴んでくること。その証拠が手に入り次第、警察は逮捕に踏み切る。
組織には確かに一定の規模があったが、俺達には、特に鷲爪と名高い伊瀬にとっては簡単な任務だった。事は予定通りに進み、証拠が手に入って残すは撤退のみとなった時だった。
誰にも気付かれていない。
情報はパソコンからUSBメモリーに移した。
だが、最後の最後、パソコンからメモリーを抜こうとした瞬間、俺はセキュリティーに触れてしまった。建物の中に耳障りな警報が響き渡って、すぐに複数の足音が向かってくる。
伊瀬が顔色を変えたのが分かった。
油断していたのは俺だった。最後まで細心の注意を払うべきだったのに、後はUSBメモリーを抜く段階になって、そこに特別な手順が存在するだなんて考えもせずに抜いてしまったんだ。
気付かれた。追っ手は複数いる。さすが違法組織なだけあって相手にも銃がある。
だが、伊瀬はいつも通り冷静だった。
『皓、メモリーを持って走れ』
伊瀬がホルスターから銃を抜いた。
『ふざけるな!一緒に逃げるぞ!』
『無理だ。これだけ追っ手がいて、銃持ちだ。被弾するに決まってる。僕はここで足止めするから、外で待ってる警察ども連れてきて』
警察は外で待機している。
外にさえ出れば、それと同時に警察が動く。だが、証拠となる情報を確実に届けない限り、逮捕しても有罪判決にできる可能性は低いから警察だって動きにくいし、最悪動けない。
『三十路のおじさんよりも君の方が足は速いし、戦闘と銃の腕前なら僕の方が強い。生き残る可能性も高い。適材適所ってやつさ』
『っ、伊瀬!!』
『皓、引き受けた仕事はこなしなさい』
伊瀬がまっすぐ銃を構える。
冗談だと言ってほしい。だが、冷静に、そして、鋭利な眼差しで足音がする方を睨み据えている伊瀬は冗談なんか言っていなかった。握ったUSBメモリーが汗で湿り、重たくなる。
『僕に死なれたくなかったら走れ!』
俺は弾かれたように走り出した。
[ 155/179 ]
prev /
next
[
mokuji /
bookmark /
main /
top ]
目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。