『こーう!』
夢を見た。
どんよりと重たい鉛色の空からは粉雪が降り始めていて、前を歩く伊瀬がふと立ち止まったかと思えば急に振り返って笑った。
柔らかい茶髪。伊瀬と出会ってから五年が経っていて、伊瀬は何度か髪の色を変えていたが、柔和な印象のダークブラウンが気に入っているようで、その色に髪を染めることが多かった。
その日もやはりあの色で。
伊瀬は既に三十路を超えていたが、三十になってなお治らない童顔と持ち前の明るさが若く、それこそ二十代半ばに見せていた。
だが、伊瀬本人が言うにはこの数年間で落ち着きや渋さが出てきたらしいが、俺にはさっぱり分からなくて兄という感覚だった。
仕立てのいいスーツを着こなした伊瀬。カーキ色のコートは街にありふれていたが、ここまで着こなしていたのは伊瀬だけであり、胸元に拳銃を隠しているのもまた伊瀬だけだった。
『今日でこのお仕事終わりだね。ぱぱっと終わらせて、打ち上げに行こっか』
まだ伊瀬が生きていた頃の夢。
忘れもしない大事な人の最後の日。
『皓とお酒飲めるなんてお兄さん感激』
『前も飲んでただろ』
『やっぱり堂々と飲みたい。若い子に悪いこと教えてる感があったんだよ、前は』
『…自覚あったのか』
なんてこれが最後の談笑になるなんて微塵も思っていなかったんだ、その時は。
『大きくなったなぁ、皓。こないだまでひよっこだったのに、もう仕事こなせるもん』
この時は既に二年前にTCCEに合格していて、伊瀬とペアを組んで依頼を受けていた。朝日のコードネームも有名になってきた時期。
だが、俺がいくら成長したところで伊瀬からすれば、まだまだ爪の柔らかい仔猫に見えているとも不服ながら知っていた。
[ 152/179 ]
prev /
next
[
mokuji /
bookmark /
main /
top ]
目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。