俺が慧のハニートラップに口を出さなかったのはそれが彼の情報屋としてのスタイルだと知っていたからだし、そのスタイルを容認してTCCEに合格させたのは他でもない俺だったからだ。
だから、俺に慧を止める権利はない。
だが、それは決して慧に俺の浮気を容認させる取り引き材料にする気なんてなかったし、そもそも浮気をするつもりも微塵もない。
(…慧に言えばよかったかな、)
ハニートラップなんて嫌だ、って。
仕事だとしても他の女を見るな、って。
お前は俺だけを愛すればいい、って。
それらの言葉は少し前までは我儘に聞こえて、慧を困らせると思っていた。だが、関係をこじらせた今、それらは可愛い我儘ではなく自分のことを棚上げして慧を責める最低な言葉となった。
(…言えるわけがない)
あぁ、胸が苦しい。
嗚咽で引き攣る喉は上手く空気を呑み込んでくれなくて、熱くなった目尻から次から次に溢れだす液体は頬を伝い落ちて、すぐにシャワーの湯と同化して存在を消していった。
体に暖かい湯が降り注いでいるのに、指先が冷えきって小刻みな震えが止まらない。
今すぐに強く抱き締めてほしいのに、慧の温もりを感じたいのに、壁一枚隔てた向こうの空間にいる彼が浴室にやってくる気配はない。
その代わりに体の奥深くに埋め込まれたローターが寂しく振動していて、望まない快楽を与えてくる。ヴヴヴヴ、と音さえ聞こえてくる激しい振動が奥のしこりを直接抉って、目尻から溢れる涙の量がさっきより多くなっていく。
俺の奥を可愛がってくれる慧の指を思い出そうとしてもそこにあるのは無機質な機械の振動だけで、体は虚しく昂らされていくのに、渇いた心が満たされることはなかった。
(っ、気持ちいい…)
だが、この快楽は嫌いだ。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。