「慧!違うんだ、これはッ、」
「違う?この状況でどうやって言い逃れするつもりだ?俺は付けていない。…まさか、自分で自分の首筋に噛み付いたって言わねぇよな?」
ふっ、と鼻で笑われる。
その笑い方がとても冷たかった。
甲高い音を立てて引き裂かれたシャツは、それ以上シャツの役割を果たせそうにない。
ネクタイを解かれたかと思うと、慧は痛いくらいに俺の両手首を強く掴んで、シャワーヘッドに縛り付けられた。さすがと言うべきか、抜け出せないように考慮された縛り方だった。
「解いてくれ…!」
「お仕置きされてるって自覚あるか?」
「あれは仕事で、」
「お前らしくねぇ下手な嘘だな。お前なら体を差し出さなくても仕事をこなせるし、…今夜の交渉のどこに体を使う要素があった?」
「慧、本当だ!信じてくれ、」
柔らかい唇が首筋を滑る。
それは恋人の甘い仕草のはずだったが、俺は今にも牙を剥こうとする獰猛な獣が擦り寄ってきているように感じて気が気じゃない。
鬱血痕があるあたりを移動する唇。ちゅ、ちゅ、と甘噛みをするそれは決して優しくなくて、時折硬い犬歯さえ感じる。素肌にかかる慧の吐息に、背筋が小刻みに震え始める。
「納得のいく説明をしてもらおうか」
それは返答を求めていなかった。
もともと至近距離にあった犬歯が、遠慮や容赦なんて一欠片もなく突き立てられた。
「ぁ、ッ痛、慧…やめっ、痛い…!!」
ガリ、と皮膚が破れる音がする。
続いてほのかな鉄錆の匂い。肌を打ち付けるシャワーの湯は噛まれた位置に達するとひどくしみて、鋭い痛みを残していった。
なのに慧は離してくれなくて、噛み痕を肌に深く刻み込むようにさらに力を強めていく。暫くしてからやっと離してくれて、ちろり、と舌先で慰めるように傷跡を舐めてきた。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。