スイートルームフロアの床には上等な絨毯が敷かれていて、荒い足音を吸収してくれる。
ポケットからルームカードを取り出した慧がそれを部屋のドアに翳せば、ピッ、とロックが解除される音がした。慧が荒々しくドアを開けたものの、上等なそれはやはり静かだった。
俺は玄関に引っ張り上げられて、支えるものを失ったドアはゆっくりと閉まり、オートロックの鍵が自動で閉まってしまった。
「おい、待…!」
「黙れよ」
靴を脱ぐ間も引っ張られて足がもつれそうだ。
慧に乱暴に脱ぎ捨てられたコートは、きちんと片付けられることなく地面に落ちた。
そして、そのまま連れていかれたのは浴室で、強く引っ張って浴槽の中に立たされた。湯は張られていない。スイートルームの広い浴槽は、中に二人立っても充分に余裕がある。
キュ、と何かが捻られる音がした直後、頭の上から冷たい水が降り注いだ。
「冷た、」
逃げようとしたが、肩を押さえ付けられた。
容赦のない強い力で浴室の壁に押さえつけられて身動きが取れない。慧は仕立てのいいスーツが濡れるのも構わずに俺を拘束していて、濡れた髪の向こうから鋭利な瞳がちらついていた。
さすが一流ホテルというべきか、水はすぐに温かくなって湯になる。だが、立ち上る白い湯気にさえ隠せないほど鋭い眼差しに射られた俺は、体の芯から凍えるように冷えきっていた。
「チッ、気に入らねぇんだよ」
「…け、い」
「話?話だけでこんなに強く香りが移ると思ってんのか?マシな言い訳考えろよ」
「慧…!!」
ビリッ、と布地が破れる嫌な音。
肩を押さえる手は離れた。だが、代わりに慧は俺のスーツを無理矢理脱がしていて、あまりに乱暴な手付きに時折布地が破れたり、ボタンが飛んでいったりする。優しさなんて欠片も見当たらない完全に怒りの滲んだ手付きだった。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。