加賀美はどうしてあんな目をしていたんだろう。
まるで喉笛を噛みちぎろうとするような。
瞬きをする一瞬でも、瞼の裏に焼き付いた加賀美のあの眼差しが鮮明に浮かび上がる。彼は堂々とした風格を醸し出していたのに、その眼差しだけは研ぎ澄まされた剣よりも鋭く、底冷えするようなぞっとする冷たさを帯びていた。
敵意、とその感情を称することすら生温い。間違いない。あれは本気の殺意の目だった。
もしくは、どこまでも深い憎悪のような。
だが、そんな感情を向けられる覚えがない。慧との関係に勘づいたとしたとしても、俺を抱くのは加賀美にとっても一夜の遊びでしかなくて、本気の叱責を寄越すとは思えない。
カジノで勝ったことやホテルの買収で恨みを持っているなら、もっと前に兆候があったはずだ。今じゃない。…それに、それらがあれほどの憎悪や殺意にはまで発展しないだろう。
俺の見間違いだったんだろうか。
加賀美の声が聞こえる気がする。
『うそつき』
実際には唇の動きが見えただけで声は聞こえなかったのだが、なぜか加賀美が俺の耳元で呟いたようで思わず背筋が震えた。
だが、俺にじっくり考える時間はなかった。
上等な木材で作られたドアが閉まる重々しい音を聞き、慧と播磨の三人で一つ目のエレベーターに乗る。出る時も入る時と同様にセキュリティがあったが、それらは全て播磨が解除した。
だが、問題はセキュリティとかじゃなくて、慧の雰囲気がすごく刺々しいのだ。
いまだに俺の手首を掴んでいるが、もはや少し痛い。いつもなら場の雰囲気を和ますために何か話すし、慧は話術だって得意なのだが、今日は重く沈黙したままだった。
エレベーターのドアが閉まる。ボタンを押した播磨が、ついに俺達の間に流れる雰囲気に耐えかねて困ったように口を開いた。
「…長くお話をされていらっしゃったので、朝倉様はお疲れでしょう。何か飲み物や軽食をお部屋に持っていきましょうか?」
だが、慧はそれを、
「結構だ」
とばっさり断ってしまった。
短い言葉だったが、それでも重低音がビリビリと空気を震わすには充分だった。そして、今の声で俺はあっさり悟ってしまった。
(慧は今、とてつもなく機嫌が悪い)
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。