慧が俺を引っ張って立たせる。
腕を掴む力が強かったが、何も言えなくて、慧に従って黙って隣に立った。
「それでは失礼する」
「えぇ。…朝倉様とは大変有意義な時間を過ごしました。またの機会にお会いしよう」
「…有意義な時間、なぁ」
そう小さく呟いて慧が苦虫を噛み潰したような顔をする。その小さな呟きは加賀美にも聞こえていただろうが、何も言わずにただ意味ありげに笑みを深めただけだった。
慧が俺の腕を掴んで、扉の方に引っ張っていく。今気が付いたが、慧は暖房の効いたホテル内でもコートを着たままだった。
…脱ぐ暇もなくここまで来た。
だとしたら慧は焦っていて、接待が早く終わったとか、辻や立花が引き留めることに失敗したというよりはむしろ、
(引き留めさせたことがバレた?)
あぁ、どうやって言い訳をしよう。
「っ!?」
ふと背中に強い視線が突き刺さった。
込められていた感情までは分からない。研ぎ澄まされた氷のような鋭くて冷たい、嫌な視線だった。案内をするべく播磨は前にいて、俺を掴んだまま引っ張る慧だって前にいる。
だから、俺の背後にいるのは一人しかいなくて、振り返れば茶色い鷲の瞳と目が合った。
そして、彼の唇が音もなく動く。
『うそつき』
加賀美が鋭利に目を細めた。
(慧が俺の恋人だと推測したのか?)
あの敵意が恋人としてのもので、恋人がいないと言った俺を責めているのかもしれない。
(それとも…、)
加賀美の傷んだ金髪が光を反射する。
彼の姿は離れていって、少しずつ小さくなっていくが、決して俺から逸らされることのない鋭い双眼は、暗闇の中から獲物を睨み据える荒々しく獰猛な虎の目のように見えた。
欲情とか、そんな可愛いものじゃない。あれは息の根を止めようとする殺意の目だったんだ。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。