「恋人がいて私と肌を重ねようとするだなんて、…いけない人だと思ったのです」
「残念ながら恋人はいねぇな」
「格好いいのに勿体ない」
シュ、とネクタイを解かれた。
俺のジャケットじゃなくてネクタイを選ぶあたり、加賀美も随分と肉食だ。
片手を腰に置いたまま、もう片手を俺の襟元まで持っていってボタンを開けた。全開になったシャツの間から骨張った大きな手が素肌を撫でる。腰にある手も遠慮なく入ってきた。
ホストをやっている癖で、中にタンクトップを着てこなかったことを心底後悔した。だが、それで誘惑できるなら、まぁいい。
「あんたは恋人いんのかよ?」
「…いませんよ」
もちろん、嘘。
俺の恋人、慧のことを探られたくない。
もちろん、どこかに女性の恋人がいると嘘をついてもよかったが、嘘を突き通すための嘘を吐くのはバレる可能性が高い。
それに、嘘でも他の恋人がいると言うくらいなら慧の存在を秘密にしておきたかった。
加賀美が腕時計を外す。品のいいシルバーだったが、それ一つで数百万はくだらない。それを、カタリ、とテーブルに置いた。
「え、腕時計だけですか?」
「もっとあんたを知りてぇし、もっと質問するから腕時計だけで勘弁してくれよ」
「仕方ありませんね」
わざと拗ねた顔をしてみせた。
この時、クッ、と深く喉の奥で笑った加賀美の真意を俺は全く計れなかった。
ただ、本当にただ気のせいだったと思うが、その切れ長のブラウンの瞳に見覚えがあるような気がして、だが、記憶から出てこなくて、俺は至近距離で加賀美の瞳を見詰め続けた。
荒野で舞いながら獲物を狙う鷲の瞳を。
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目には目を、歯には歯を。
罠には罠をもって制するのが最善だ。