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追憶に捧ぐ


その光は攻撃の性質も防御の性質も帯びず、夜闇を照らすことすら危ういほど弱々しかったが、イチルの表情はとても明るくなった。

ほんの少しだけ騒いで、だが、深夜だったから日の出までに少しでも眠っておこうと解散になった。神殿まで連れてきたリィシャとヨトはとっくにシルフの用意した部屋で眠っていて、俺達も神殿で一夜明けさせてもらうことが決まった。

だが、行かずにはいられない場所があって、誰にも何も言わずに神殿を抜け出した。

小鳥の姿で街を飛ぶ。もう魔獣はいないとシルフが言っただろうから町人の表情からは恐怖が消えたが、この時間になっても明かりが消えない家がある。まだ心が落ち着いていないんだろう。

半壊した家。根こそぎ倒された木。マーメイドが治療したといっても、地面にこびりついた血の跡はそう簡単に消えず、瞼の裏に焼き付いた。

今回はマーメイドがいた。だから、死人は出なかった。ケルベロスも、俺も、シルフも…、戦える者がたくさんいた。…ならば、次回は、あるいは襲撃を受けた他の町はどうなんだろうか。

…そんなこと、想像もしたくない。

だが、目を逸らすわけにはいかないんだ。

魔獣が現れたのは、人を襲ったのは今回が初めてじゃない。治療が間に合わず死んでいった人間も多いだろう。ならば、聖獣側がこんな結果を望んでいるかというと、そんなことあるわけがない。

この悲劇を止める方法があるのか分からない。

だが、なんとしても止めなければならない。

まるで坂道の上から雪玉を転がすように、この悲劇は人間と聖獣の命を犠牲にしながら徐々に、だが、確かに大きくなっていく。

犠牲になるのはいつも弱い者だ。なら、力を持つ者がその悲劇を食い止めないでどうするんだ。

力の使い方はまだよく分からない。だが、なんのために力があるのか、誰のために力を使うべきか、それは嫌と言うほど思い知らされたんだ。

友人の命を、対価にして。

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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。