嗚咽を漏らさないように歯を食いしばって、地面に降りた。今の姿は人間のものだが、いつもと違って腰から大きな白い翼が生えていた。
それはバランスも取りやすくて、鳥の時のように使い勝手がよかったが、傷はそのまま残っている。地面を転がり回っていたんだから擦り傷だらけで、右の肩に至ってはケルベロスの噛み傷から溢れだした血で真っ赤に染まっていた。
服も破れているし、頬からも血が出ているし、ボロボロだ。だが、それ以上に心が痛かった。
「ヨト、怪我はない?」
「うん。でも、お兄ちゃん痛そう」
「俺は大丈夫だよ。…大丈夫だから、」
ヨトを下ろしてやれば、すぐにリィシャが駆け寄ってきてヨトをきつく抱き締めた。
イチルから驚いたような、戸惑ったような視線を感じる。だが、今くらいは話しかけてほしくなくて目線を伏せれば、イチルは何も言わなかった。
ヒッポグリフの亡骸の前で崩れ落ちるようにして膝を着いた。カタカタと小刻みに震える手でそっと体を撫でてやれば、そこにはまだ温かさが残っていて、また涙が溢れてしまった。
命の灯火はもう消えた。
今ここにあるのはただの名残だ。
(行かせなければよかった)
もう少しだけ引き止めていれば、たった少し家に帰るのを遅くさせていれば、…俺は彼を、大事な友人を失わずに済んだと思うんだ。
(それなのに、俺が行かせたから…!)
命を失った体は崩れ始めている。
聖獣は人間とは違う。自然から生まれた聖獣は、死んでしまったらまた自然へと還り、自然の一部となる。肉体は残らない。魔獣は本質を見失ったとはいえ、やはり自然に属する聖獣と同じらしい。
硬く上質な羽は撫でた指の先から砂へと変わって、その砂は風にさらわれて、風の中で跡形もなく溶けて消えては風と同化していく。
さらさら、とここに存在していたことすらも否定してしまうかのように。
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。