魔法が解ける鐘の音
「おや、こんな人気のないところに…、美しいお嬢さん一人だけでは危ないよ?」
リドと別れた部屋に向かって歩いていた最中だった。ふと声をかけられて振り向けば、背の高い軍人が一人立っていた。
エルミックほどの長身ではなく、目に見えて筋肉質で体格がいいわけでもない。
だが、軍帽に隠されて見えない目元と、隙の全く見当たらない雰囲気に思わず身構えて、足は自ずと距離を取っていた。
「…心配には及びません」
突き放すように言葉を返した。
だが、その軍人は引かなくて、逆にこちらに一歩踏み出してきた。警戒が走る。
「しっかりしたお嬢さんだ。だが、男はみんな獣でね、注意した方がいいよ」
「軍人方がいらっしゃるので大丈夫です」
暗に、立ち去れ、と言った。
(…誰だ?)
いや、この軍人は知らない。
いくら士官学校を経て、海軍勤めが長いと言っても全ての軍人の顔を知っているわけじゃなくて、そもそも顔が見えない。
だが、こんな場所で一人でいるのは明らかにおかしい。ダイヤを探しているわけでもなく、巡回しているわけでもないのだ。
「軍人は禁欲的で真面目だ。…だが、全ての軍人がそうだとは限らないんだ」
「…何が言いたい?」
「例えば、俺のような奴もいるってことさ」
ナイフの柄に手が伸びる。
それを見て軍人の雰囲気が鋭くなった気がした。一気に距離を詰められ、ナイフの柄を握る手に手が重ねられた。
俺がナイフを抜くより早く、押さえ込まれるように重ねられてナイフを抜けない。
だが、クイッ、と指で顎を持ち上げられ、視界に飛び込んできた見慣れた顔に安堵とも呆れとも区別つかない息を吐いた。
「リド、遊ぶな」
そう言えば、深緑色の目が拗ねた。
「一言目にそれかよ。もっとなんかねぇの?こう…、似合ってるとかなんか」
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