23.
小さな呟きには聞こえなかったふりをした。
ゼノだって俺が聞こえていたことを知っていただろうが、ここで振り返ったところでかける言葉を俺達は持ち合わせていなかった。
そして、曲がり角を曲がって、壁に軍人が寄りかかっているのを見かけて緊張が走ったが、真っ赤な髪を見て緊張が和らぐ。
「…エルミック、」
「よぉ、随分美人なお嬢様さんで」
「…はぁ。もう慣れた」
エルミックが壁から背を離した。
だが、歩み寄っては来なかった。
燃えるような赤髪は月の光しかない夜でも鮮やかで、だが、それに負けないほど幸せそうな柔らかい眼差しが目を引いた。
「…幸せにしてやれよ、あいつ」
「てめぇに言われるまでもねぇ」
鮮やかな黄緑色の瞳。リドのエメラルドとは違って僅かに黄色が混じり、ほんのりと暖かい色が幸せそうに細まる。
それを誤魔化すように、エルミックは窓の外の夜空に浮かんでいる月を眺めた。
「レパードには感謝してる」
「え?」
「邪魔なお前を拐ってくれた」
「…随分とはっきり言うな、邪魔って」
それがエルミックらしくもあるが。
思えば、自分の好きな人が誰か他の奴に片想いをしているのを見ているのは、気が気じゃなかっただろう。何もせずに、ただ黙ってゼノを見守っていた十一年間。
エルミックにも悪いと思う。俺はゼノの想いに気付かず、ズルズルと引きずった。
リドが現れず俺達はあのままだったとしても俺は気付かなくて、気付いたとしても俺にゼノを幸せにする力はない。
エルミックがいてよかった。
責任逃れに聞こえるかもしれないが、それでもゼノを好きだったのが他の誰でもなくエルミックであってよかったと思う。
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