22.
「最後にもう一つ」
「ん?」
俺とゼノの距離は既に少し開いている。
遠くはないが、決して近付くもない距離に、悪戯でも企んでいるかのようなゼノの子供っぽい声が響いた。
「俺、少尉じゃなくて大尉」
「ん!?」
「だから大尉。昇格したんだよ」
「えぇ!?」
これには本気で驚かされた。
昔からゼノは少尉に収まる実力じゃないとは思っていたが、いざ本当にすんなり昇格してしまうとは思わなかった。しかも、半年で中尉を飛ばして大尉になんて。
遊び癖が規範となるべき上位士官に相応しくないというのが昇格できない理由だったが、恋人ができてからそれも落ち着いた。
ということは、
(うちの船の大尉ってこいつか)
やはりゼノが船長になったんだ。
(…それだったら安心できるな)
だなんて、俺には心配する資格もないが。
「頑張れよ、大尉殿」
「お前もな、雑魚」
「お前な…」
その言葉を最後に歩き始めて、今度こそ歩みを止めることはなかった。
後ろ髪を引かれるような思いはなかった。だって、ゼノはきっと幸せになるだろうし、またいつの日か会えるだろう。
ストン、と胸につっかえていた石が落ちたような気がして、港町の夜の少しひんやりとした潮風が肺を満たしていった。
カツ、カツ、と響くヒールの音。
追いかけてくる足音はない。これでいい。長く付き合ってきた友との別れだと言うのに、俺はとても気分が良かった。
そして、声が届かなくなる距離になる直前、
「幸せになれよバァカ」
彼の小さな呟きについ頬を緩めた。
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