10.
「あぁ、これ?」
ゼノが取り出したのはダイヤだった。
恐ろしいほど透き通ったダイヤ。一切の色を持たず、だが、ぞっとするほど美しく、ほのかに光を集めて反射するそれは間違いなく俺とリドが求めていたものだった。
そして、同時に海軍もまた探し求めている雪の女王(スノウ・クイーン)。
軍服のポケットに僅かな、それでいて不自然な膨らみを見付けたがまさかだとは思ったが、本当に雪の女王だとは…。
「誤魔化さなかったんだな」
「お前の観察眼はよく知ってるぜ」
「で、取り引きに応じるのか?」
ゼノがダイヤを上に放り投げる。
莫大の量の金貨に相当する宝石を投げるなんて頭がおかしいかもしれないが、ゼノなら落とすことはないと断言できる。案の定、それは難なく彼の手の中に収まった。
握りしめたまま俺を見るキャラメル色の瞳には、挑発の色が浮かんでいた。
「お前はさ、なんで自分なんかの名前が国宝と同じ価値があるって思うんだ?」
確かに実態のない名前と、莫大な価値のある国宝とも言えるダイヤモンド。比べてみるまでもなく釣り合わない。
クスリ、と笑えば訝しげな目をした。
「そうは思っていない」
「じゃあなんだ?」
「ただ責任感があって真面目な少尉殿なら頭が柔らかいと思ったんだ。そこにあるだけで動かない綺麗なだけの石ころと、実際に民を守る力のある俺の名前。なぁ、」
価値があるのはどっちだ、と。
内緒話をするように囁いたものの、ゼノにははっきりと聞こえたと確信している。
「俺の名前の方だろう?」
「ッはは、人を惑わすようになってきたな。まったく…、海賊らしいぜ」
「そんなのは今更だ」
実際、ゼノがこの取り引きに応じてくれるという自信や確信はなかった。
だって、命令で必死に探し出したダイヤをすんなりと渡すことも、どういう形であれ彼が海賊と取り引きをするとは思えなかった。
ゼノは意外と真面目だから。
チャラチャラと締まりがないように思えて、根本的なところは譲らない。
それがこのゼノ・エヴァンスという俺の昔馴染みであり、俺が誰よりも彼を仲間として信頼していた理由でもあった。
「見付からなかった、と上に報告するだけだ。処罰もない。お手軽だろう?」
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