9.
内心クスリと笑ってしまう。
嘲笑ったんじゃなくて、微笑ましくてむず痒くてとても嬉しかったんだ。
だってゼノが本気で俺を敵だと見ているのなら、ローウェンなんかじゃなくてクラウドと呼び捨てにすると思ったから。
愛称じゃなくなった。だが、ゼノはまだ俺の名前を呼んでくれているんだ。
昔馴染みの甘さが嬉しかった。
「少尉、取り引きをしよう」
「取り引き?」
一歩ゼノに向かって踏み出す。
ゼノは後ろに下がることはなかったものの、眼差しを鋭くして殺気を強めた。
「俺の名前を使わせてやる。海賊堕ちしたことは公にはしない。…そうすれば海軍の狼の名が亡霊となり、海の上を駆けるだろう」
長年海賊への抑止力となっていたローウェン・クラウドの名前。
海賊となり、セイレーンに加わったことを俺は誰にも言わない。そうすれば俺はいなくなったとしても、海賊どもはそれを知らないから俺の名前に怯え続けるだろう。
それだけで好き勝手に暴れる奴は少なくなる。海軍にとってはメリットだ。
「はっ、馬鹿言え。大々的にお前を探したんだから海賊どもも知ってんだろ」
「復帰したとでも噂を流せばいい」
「はっ、簡単に言いやがる。で、取り引きってお前は何を要求するつもりだ?」
カツリ、もう一歩踏み出した。
俺は太腿にあるナイフに手を伸ばした。今までずっとそこにあった刃物が突如として重みと冷たさを増したように感じる。
だが、それでも俺は柄に手を伸ばして、しっかりと握り、抜く準備をしたんだ。
「お前が持っている宝石をよこせ」
軍服の上着のポケットを指さした。
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