7.
結局、ナイフは使わなかった。
…いや、使えなかったんだ。
俺だってリドを守る。誓う。守られるだけなんてまっぴらごめんだ。
だが、今後海軍とぶつかった時、海軍を敵に回した時、躊躇いもなく純白の軍服を赤に染められるかと問われれば心が揺らぐ。
全力の疾走の後、荒い息が廊下に響く。それは静かな空間ではひどく目立った。
体が僅かに火照る。だが、それとは裏腹にナイフの鞘がぞっとするほど冷たい。それでも、手放すことはしなかったが。
軽くドレスを整えて、リドの元に戻ろうと足を踏み出す。カツリ、ガラスのヒールが大理石の床に触れた瞬間、影がさした。
俺の、ちょうど目の前に。
「ッ!?」
気を抜けばぶつかってしまいそうな距離に、はっとして反射的に顔を上げる。
月の光に白を通り越して青っぽくさえ見える軍服にも、その腰にさされた真剣にも驚いたが、俺が目を見開いた理由は決してそれだけじゃなかったんだ。
「は…?」
「久しぶりだな、ロー」
柔らかそうなブラウンの髪。
甘さを滲ませたキャラメル色の目。
陽の光を浴びれば赤っぽく見えるその切れ長の目は、月に照らされた今僅かに濃くなって、鋭さも増している気がする。
いるとは思っていた。だって俺の船の乗組員がいるんだから、彼だって。
だが、会いたくない気持ちもあった。特に海軍に牙を剥いた直後である今は。
「…ゼノ、」
壁にもたれかかっていた彼が、壁から背中を離して真っ直ぐに立つ。その視線が俺から逸らされることはなかった。
真っ白の手袋。それをしたゼノの手は、迷うことなく真剣の柄へと伸ばされた。
「しばらく見ねぇうちに変わったな」
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