再び刃を抜く時
あぁ、…なんていうか、
(楽しいな、これ)
いつもは余裕のあり余った涼しい顔ばかりしているこの男で遊んで、俺のせいでこんな切ない表情をしているのを見るのは。
昔俺を散々おちょくりやがって、ざまぁ見ろ、と言ってしまいそうになる気持ち。
世界一魅力的で格好いい男が、ホール中の女性の視線を独り占めしていたこの男が俺だけを愛してるという優越感。
俺だけを見てほしい独占欲。
彼が俺を見詰めてくれる幸福感。
いろんな感情が生まれて、心の中に満ちて、波のようにおれを呑み込む。
真綿で包み込むような優しくて、春の日差しのように暖かくて、風のない水面のように穏やかで、咲き誇る花のように鮮やかな、
(幸せ、…なんだろうな)
リドが現れてから世界が変わった。
花の色が、街の色が、海の色が、空の色が鮮やかになって、風の音が、波の音が鮮明になって、全てが綺麗になった。
肌を撫でる風も、慣れた潮の香りも、打ち寄せる波の音も、照りつける真夏の日差しも、真冬の粉雪も全て、全てが変わった。
鮮やかに、美しく、生き生きと。
昔は何も思わなかった。だが、今の俺にとって昔の生活はあまりにも味気がなくて、退屈で、戻れそうにない。
真夏の日に言われた言葉を覚えている。
『奪われる覚悟でもしてろよ』
初めて会った年の聖海祭。
誰もいない路地裏で濡れた俺を抱き締めたお前は、自信たっぷりで言いやがった。
あの時は本当にそうなるだなんて微塵も思っていなくて、…だから少し悔しい。結局はこいつの言うとおりになった。
(泣くくらいしやがれ)
じゃないと気が済まない。
で、その後は、
(大人しく奪われてやるよ)
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