8.
人にぶつからないように逃げて、ホールから離れる。傍から見れば俺達はこっそりと抜け出す恋人達でしかなくて、訝しげに見られることも止められることもなかった。
人目がないのを確認して、空き部屋に入った。綺麗だが、倉庫らしい部屋だった。
俺達以外には誰もいない。
ホールの喧騒から一変して人の話し声も演奏も聞こえない。唯一聞こえるとすれば互いの呼吸の音だけで、窓から差し込む月の冴えた青白い光が床に長く伸びていた。
その光が反射して、部屋の中が淡く青白く輝いている。海の底のようだった。
「っふは、」
「笑い事じゃねぇよ。バレたっての」
「おいおい、バレても構わないって言っていた威勢はどこにいったんだ、レパード様?」
笑いを我慢できなくて、まぁ、隠す必要もないが、俺は椅子に腰かけた。
やはり軍が動く気配はなかった。
アスティアーニ先生には本当に俺達を捕らえるつもりがないらしい。理由は分からないが、とにかく都合がよかった。
「自分だけバレてねぇからって」
「…いや、」
「は?」
「俺もばっちり目が合った」
嘘だろ、とリドが呟く。
だが、目を見て首を横に振れば、月の光しかない薄暗い部屋の中でなお鮮やかなエメラルドの瞳が徐々に見開かれていく。
反対に抑えられない笑みと比例するように、自分の目が楽しげに細まるのを感じた。
「あれは完全にバレたよ」
「で、お前はこんなに楽しそうにしてんのかよ。…お前なら焦ると思ったが、」
「昔の俺なら、な」
クッ、クッ、とアスティアーニ先生の驚いた顔を思い出すと耐えきれずに笑ってしまう。そんなこれを見てリドが驚いている。
昔の俺なら、悪いことをしてしまったらリドの言う通りに焦ると思う。だが、それは昔の俺でしかなくて、あの時の俺は脱いだ純白の軍服と共にゴミ箱に捨てた。
もう存在しないんだ。
緊張はしている。今もスリルにバクバクと心臓が鳴る。だが、その緊張すら楽しいだなんて俺もきっと救いようがないだろう。
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