6.
キス、と言外に催促する。
こんなに注目されている中で本当にキスしたいかと聞かれれば困るところだが、俺はこの余裕ぶった豹を困らせたかったんだ。
「忘れてねぇよ」
楽しそうに細まる目。
俺をわざと焦らしている飄々とした黒豹は、互いの距離が近付くタイミングに合わせて唇で触れてくる。指先に、髪に。
だが、俺を焦らして遊んでいるこいつには唇にキスする意思がないと分かったから、少し焦らせてやることにした。
「早くしないと魔法が解けるぞ?」
「へぇ、魔法…」
リドはきっと本気にしていない。
だって笑いを耐えるような声色だ。
「十二時の鐘が鳴り終わる時に、海軍は屋敷を封鎖するんだって。俺達はそれまでに脱出しなきゃならない」
「十二時?余裕だ」
今度は俺がニヤリと笑う番だった。
「その時には仕事が終わって、俺はお前の恋人じゃなくなるな。ダイヤを手に入れたら終わり、って約束したんだよな?」
「っ、」
「真夜中の鐘と共にお前の恋人は赤の他人になってしまうわけだが、…リド?」
俺が言いたいことに気付いたらしい。
「キスしなくていいのか?鐘が鳴り終えたら、もうできなくなるんだぞ?ん?」
嘘だよ。
俺は残る。お前の傍にいる。
真夜中の鐘が鳴り終えても魔法は解けないまま。俺はお前の恋人のまま、魔法は幸せな現実となり、未来となるんだよ。
そう決めたんだ。俺が持っていけないものは全てキーツに渡した。信念も、誇りも。
ヘンゼルはあれだが、何かと言って頼りになるから、本音を言えば心配していない。
長い付き合いのあるゼノは自分の恋を見付けただろうし、エルが幸せにするだろう。クウォーツ先輩にもキーツがいる。
過去に思い残すことはなにもない。
俺の新しい居場所はお前の隣だ、リド。
だが、それでも愛しい恋人を弄って遊ぶ俺は、本当に意地悪になったようだ。
「これが最後に、」
その言葉が終わらないうちだった。
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