2.
そして、包み込むように抱き締められた。
背後から香る潮の香りに安心して肩から力が抜けてしまった。俺にとってその香りは、どんな花の香りよりも芳しい。
安心しきって体を預けるように僅かにもたれれば、クッ、と喉の奥で笑うような声が聞こえて、大きな手が頭を撫でてきた。
「悪いが、彼女は俺の恋人でね」
リドは全てを言ったわけじゃない。
だが、それが拒否だと充分伝わった。
俺をダンスに誘った彼はしばらくぼんやりとしていたが、急にハッと我に返ったと思うと悔しそうに去っていった。
背後にいるから見えなかったが、少しの威圧感を感じた。かの有名なレパードの威圧感に、一般人が耐えられるわけがない。
やりすぎだ、と軽く睨めば、たいして気にしていないウィンクが返ってきた。
「お前なぁ…」
「どうだ、格好よかったただろ?」
「あぁ、格好いいよ!格好よすぎて…」
ホール中の女性がお前を見てるよ。
とは、さすがに言えなかった。
一周当たり障りなく談笑してきただけなのに、全ての女性がリドに熱い視線を向けている。隣の清楚な令嬢も、窓辺の妖艶な年上の女性も、夫と共に来た若い妻も。
それが気に入らない。リドは俺が好きだと分かりきっていても、…すごく嫌だ。
「ん?どうした?」
グリグリと頭をリドに押し付ける。
「お前が人前で甘えてくるなんて珍しい」
タキシードを軽く握って、リドを見上げる。そうすれば男らしい指が優しく髪を梳いた後、唇が降ってきた。髪に、額に、瞼に、鼻に、頬に、耳朶に触れていく。
だが、唇には重ねてもらえなくて、むすっとしたら楽しそうに笑われた。
「してほしい?」
キスを、とは言わなかった。
「だったら俺と踊ってくれ」
そう言って差し出された手を拒む理由なんて、あったんだろうか。
知り合いに見付かるとか、さっきまで心配していたのにリドとなら大丈夫な気がして一瞬も迷わずに手を取ったんだ。
とりあえず、この艶やかで美しい黒豹は俺の物だと、ホール中の人間に教えて回りたい気分だった。俺の恋人なんだ、と。
…おかしくなったとしか思えないが。
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