12.
「そう言わないでください。立場が変わろうと俺は先輩を尊敬してます、これからも」
「…ありがとう」
夜風が吹き抜ける。
それは慣れきったカインズの潮の匂いが混じった風だったが、いつもよりずっと清らかで呼吸が楽になった気がした。
言葉を探す間の空白を誤魔化すべく、またシャンパンを飲む。だが、穏やかに風が吹き抜けるこの空間では、沈黙しようと重苦しい空気にはならなかった。
心地良い静寂。その後に、
「どうして海軍を辞めたか、聞いても?」
控えめにキーツが呟いた。
答えを選んでいるうちに言葉が続いた。
「あいつの隣に立つことを選んだんですか」
あいつという言葉が誰を指しているのかは、俺にもすぐに分かった。
声をかける前から、リドがまだ俺の傍にいた時から実はキーツは俺を見ていたんだとその一言で察してしまった。
真っ暗な庭を眺めていた視線をキーツに戻す。そうすれば、夜の闇に色を濃くしたワインレッドの瞳は、意外にも真面目な色を浮かべながら俺の答えを待っていた。
「海軍を辞めたのは…、」
あの白を着る資格がなくなったから。
指揮官として戦場に立てなくなったから。
(いや、違う)
そんなのは結果論でしかなくて、俺がそうなってしまった本当の理由は、…俺が全てを捨てることを選んだ理由は、
「海軍よりも大事なものができたんだ」
それが心に従った嘘のない答えだった。
「それはかつてあなたが掲げた信念よりも、海軍としての誇りよりも、…カインズの民よりも、大事なものですか?」
「そうだ」
きっぱりと迷いなく言いきってしまえば、濃い紫にさえ見えるキーツの目が一瞬見開かれた後、ゆっくりと瞬きをした。
そして、再び開かれた後は見開かれた時の感情の名残もなく、ただどこまでも真摯に黙って俺を見詰めていた。
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